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<title>よんどこロード</title>
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<description>読書ばなしのブログ。</description>
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<title>夢を生きる人、巡礼する人</title>
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<description>先週末は、お祭り見物のために和歌山に出かけた。北大阪の桜はまだ六分咲きというところだったけれど、和歌山市内ではさすがに見事な満開で、足をのばしてお城界隈のお花見へ。ついでに、近くにあった県立博物館にも寄ってきた。和歌山といえば、紀伊山地の霊場とその参詣道「熊野古道」が、数年前に世界遺産に登録されて話題になった。その際、博物館の展示も一新されたようで、紀の国にまつわる曼荼羅や絵巻物のスライドが、特殊なライティングで照らし出された様子は壮観だった。そういえば、先日行った「みんぱく...</description>
<dc:subject>書評 こころ</dc:subject>
<dc:creator>ふらら</dc:creator>
<dc:date>2007-04-03T18:39:11+09:00</dc:date>
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先週末は、お祭り見物のために和歌山に出かけた。北大阪の桜はまだ六分咲きというところだったけれど、和歌山市内ではさすがに見事な満開で、足をのばしてお城界隈のお花見へ。ついでに、近くにあった県立博物館にも寄ってきた。<br /><br /><img src="http://yondoco.up.seesaa.net/image/IMG_0088-1.JPG" width="398" height="279" border="0" align="" alt="IMG_0088-1.JPG" /><br /><br />和歌山といえば、紀伊山地の霊場とその参詣道「熊野古道」が、数年前に世界遺産に登録されて話題になった。その際、博物館の展示も一新されたようで、紀の国にまつわる曼荼羅や絵巻物のスライドが、特殊なライティングで照らし出された様子は壮観だった。<br /><br />そういえば、先日行った「みんぱく」の<a href="http://www.minpaku.ac.jp/special/pilgrimage/seiti_1f.html" target="_blank">『聖地★巡礼』展</a>でも、フランスからスペインへと続く有名な巡礼道のルポを見てきたところだ。世界中から集まった人々が、中世から変わらない石だらけの小道をたどり、あるときは森の中、あるときは広々とした牧草地を横切って、ヨーロッパの西の果てにある聖地、サンチャゴ・デ・コンポステラへとたどり着く…。その様子とイメージをだぶらせながら、日本を代表する巡礼道の一つ、熊野古道の展示を見るのは楽しかった。<br /><br /><img src="http://yondoco.up.seesaa.net/image/1AF1A1A1A8FAAD11A.jpg" width="250" height="252" border="0" align="" alt="FO.jpg" /><br /><br />もう一つうれしかったのは、明恵上人の『樹上座禅像』の複製が展示されていたことだ。たまたま、河合隼雄の『明恵　夢を生きる』を読んだばかりだったので、何だかラッキーな偶然に恵まれたような気がした。もっとも紀伊山地は、山中で厳しい修行を積んだ明恵ゆかりの地なのだから、和歌山の博物館にこうした展示があるのは当然かもしれない。<br /><br /><img src="http://yondoco.up.seesaa.net/image/Book20017.jpg" width="313" height="305" border="0" align="" alt="Book 017.jpg" /><br /><br />明恵上人は、鎌倉の時代にあって、夢が人の心におよぼす重要な働きをすでに理解し、仏教の修行の一環として、生涯に渡って夢を記録し続けたという稀有の人だ。その『夢記（ゆめのき）』を、河合氏が長年の臨床経験を元に解き明かし、明恵という人の心の内面に迫ったのが『明恵　夢を生きる』なのだから、一読しただけではその内容を語れそうにもない、というのが正直なところ。<br />ただ、河合氏が本書を通じて教えてくれることの一つは、「夢を生きる」ことの意味深さだ。たとえば河合氏は、マレー半島の少数民族、セノイ族に伝わるという「夢分析」の習慣を例にあげている。<br /><br /><blockquote>セノイ族は夢を非常に大切にする。朝食の時間に、年長者は幼少の者たちの語る昨夜の夢について耳を傾けて聞いてやる。そしてたとえば、小さい子が、どんどん下に落下していく夢を見て怖くて目が覚めてしまったなどと語ると、父親は「それは素晴らしい夢を見たものだ。ところで、おまえはどこへ向かって落ちていった？　途中でどんな景色を見た？」と聞く。子どもが怖くて何も見ない前に目が覚めてしまったと言うと、それは残念なことなので、次に機会があれば、もっとリラックスしてよく見てくるようにと励ますのである。<br />そんなことをしても何もならないと思われるだろうが、実際に、その子は次に落下の夢を見たときは、睡眠中でも前に言われた父親の言葉がどこかに残っていて、落下を恐れず、それをより十分に「体験」できるようになるのである。そして、その内容を報告すると、年長者はそれを詳しく聴いてくれ、次の体験へとつなぐような助言を与えてくれる。まさに、セノイ族の人たちは「夢を生きる」ことを文字通り行っている。</blockquote><br />これと同じように、夢を通して「無意識」に働きかけよう、そうして真の個性を生み出そう、と試みたのがユングだった。『それと同様のことを、明恵がすでに十三世紀に行っていたということは驚異的なことと言わねばならない』と、河合氏は言う。<br /><br />「仏教の修行」というと、一般人にとっては何だか縁遠いもののように思える。けれどもそこには、多くの人が体験する心の成熟のプロセス、言ってみれば「自分探しの旅」に通じるものがあるのかもしれない。ちょうど、サンチャゴ・デ・コンポステラへの遠い道を歩く人が、巡礼のいいところは、自分自身と向き合えることだ、人のこと、自分のこと、人生全部を振り返るんだ、と語っていたように。<br /><br />そんな自由な解釈さえ許してくれる河合氏の『明恵　夢を生きる』は、仏教について何も知らない私にとっても、忘れがたい印象を残してくれた。これからも、折に触れて読み返しながら、少しずつ理解を深めていきたい一冊。<br /><br /><table  border="0" cellpadding="5"><tr><td valign="top"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062561182/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ec1.images-amazon.com/images/P/4062561182.09._SCMZZZZZZZ_.jpg" border="0" alt="明恵 夢を生きる" /></a></td><td valign="top"><font size="-1"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062561182/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank">明恵 夢を生きる</a><br />河合 隼雄 <br /><br />講談社  1995-10<br />売り上げランキング : 26217<br />おすすめ平均  <img src="http://g-images.amazon.com/images/G/01/detail/stars-5-0.gif" /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062561182/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank">Amazonで詳しく見る</a></font> <font size="-2">by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a></font></td></tr></table>
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<title>中古のバンが、我が家になった~原田純夫『パパは動物カメラマン』より</title>
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<description>パパは動物カメラマン―北米大陸ファミリー・キャンプ旅行記原田 純夫 地球丸  1996-09売り上げランキング : 904051Amazonで詳しく見る by G-Tools『ナショナル・ジオグラフィック』という雑誌がある。アメリカの有名な写真誌で、主なテーマは自然や地球環境、そして探検だ。この『ナショナル・ジオグラフィック』に作品が載った日本人の写真家は、これまで三人しかいないという。故星野道夫さんと、岩合光昭さん、そして原田純夫さんだ。二人のビッグネームに肩を並べる原田さ...</description>
<dc:subject>書評 旅・ひと・もの作り</dc:subject>
<dc:creator>ふらら</dc:creator>
<dc:date>2007-03-09T10:39:16+09:00</dc:date>
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<table  border="0" cellpadding="5"><tr><td valign="top"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4925020048/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ec1.images-amazon.com/images/P/4925020048.09._SCMZZZZZZZ_.jpg" border="0" alt="パパは動物カメラマン―北米大陸ファミリー・キャンプ旅行記" /></a></td><td valign="top"><font size="-1"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4925020048/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank">パパは動物カメラマン―北米大陸ファミリー・キャンプ旅行記</a><br />原田 純夫 <br /><br />地球丸  1996-09<br />売り上げランキング : 904051<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4925020048/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank">Amazonで詳しく見る</a></font> <font size="-2">by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a></font></td></tr></table><br />『ナショナル・ジオグラフィック』という雑誌がある。アメリカの有名な写真誌で、主なテーマは自然や地球環境、そして探検だ。<br />この『ナショナル・ジオグラフィック』に作品が載った日本人の写真家は、これまで三人しかいないという。故星野道夫さんと、岩合光昭さん、そして原田純夫さんだ。<br /><br />二人のビッグネームに肩を並べる原田さんとは、どんな人なんだろう。一体どんな風にしてアメリカ在住の写真家になり、野生動物を追って北米大陸を旅するようになったのか…その一部始終を、原田さん自身がユーモラスに語った一冊が、この『パパは動物カメラマン』だ。<br /><br />ニホンカモシカの近縁種といわれるマウンテンゴート（シロイワヤギ）。全身真っ白な長毛に覆われた、この野生のカモシカを追って、初めてロッキー山麓を訪れた原田さんは、その生きざまにすっかり惚れ込んでしまった。<br /><br /><blockquote>僕はアマチュア・カメラマンだが、ゴートの写真集は最高のものを作りたい。ゴートの魅力を100パーセント伝えられるものを作りたい。単に美しいとか、かわいらしいというだけではなく、彼らの生きざまのすべてを人々にぶつけたい。どこまで妥協せずに写真を撮り続けられるか、それが僕のゴートに対する気持ちだと思う。</blockquote><br />当時、原田さんは結婚したばかりで、娘の萌さんはまだ１歳だった。東京で日々の暮らしに追われていたけれど、そのうち『ゴートの病気がおさまらなくなってきた』。妻の公美さんに再度のアメリカ行きを相談すると、家族全員で行くなら、という条件付きでゴーサインが。こうして原田さん一家は、ゴートを追ってアメリカ、カナダ、アラスカを横断する、８カ月の子連れキャンプ・ツアーに出発することになった。<br /><br />現地についた原田さんは、まず中古のバンを買い、簡単な改造をして三人の「家」を作った。８カ月の滞在の総予算は100万円、１カ月あたりの生活費はわずか６万円。近くの渓流でトラウトを釣ったり、現地の人があまり食べないイクラを譲ってもらったり、時には交通事故死したシカを拾って解体したりと、サバイバルな日々が続いたという。<br /><br /><blockquote>そんな暮らしのなかでの最大のぜいたくは、「時間はすべて僕たち三人のもの」ということだと思う。つまり家庭外から時間に追われることがないのだ。その日の天候、ゴートの状況、食料事情、夫婦ゲンカの程度などによって、撮影、家族ハイク、買い出し、白昼ビール大会などが決定されるのである。</blockquote><br />一方で、野生動物の気配を少しでも感じると、原田さんはもう自分を抑えられなくなる。凍えるような突風の中でも、防寒着を着せた萌さんをキャリーで背負い、危険な山道を越えて彼らを追わずにいられない。<br /><br /><blockquote>ジャコウウシの群れが入っていった小沢を、台地の上から先回りして上流で待つ。<br />萌はようやくキャリーから開放され、コケの絨毯の上でぎこちなく歩いている。僕たちはジャコウウシの進路が変わらぬことを祈りつつ、ベリーを摘みながら待ちつづけた。<br />最初の一頭が小沢のカーブから出現した後、彼らは次々と姿を現した。流れに沿って生えている小さなヤナギを採食しながら、ゆっくりとこちらに向かってくる。<br />大きな顔に、曲がった白い角。背中から地面近くまで伸びた長い毛。全体が毛の塊のようで動きが鈍く見える。そして不気味な力強さを感じる。<br />ジャコウウシは、マンモスがいた時代から、この不毛の地で生きながらえているのだ。<br />彼らは採食を続けながら、なおも近づいてくる。ちらりちらりと、こちらを気にしている。公美は万が一の突進を心配しはじめているが、萌は「モウモー、モウモー」と興味深げだ。<br />近すぎる。先頭の大きな雌ウシがこちらを凝視している。<br />まずい、もう退こう、と僕が思ったとき、その雌ウシはブルルルと低い息の抜けたような声を発した。それと同時にほかの九頭のジャコウウシたちと走り去った。長い毛をなびかせ、ツンドラの上を舞う姿は、さながら、しし舞いのようだった。（一部中略）</blockquote><br />このツアーを契機に、動物写真家として生きていくことを決意した原田さんは、公美さんと萌さんを連れてアメリカのモンタナ州に移住。本格的にゴートを追う毎日を送り始めた…という報告で、『パパは動物カメラマン』は終わっている。<br /><br />本書の初版発行は1996年だから、すでに10年が経っている。あれから、原田さん一家はどうなっただろう。今も北米で暮らしているんだろうか。そうして、夢のゴート写真集は？…どきどきしながらネットで調べてみると、原田さん運営の<a href="http://www.photorocky.com/index.html" target="_blank">オフィシャル・サイト</a>に行き当たった。<br /><br />その後、原田さんはモンタナに家を建て、家族と一緒に野生動物の写真を取り続けているということだ。ゴートの生態はもちろん、モンタナの雄大な自然や、現地の暮らしぶりを伝えた本を、さらに数冊出版されている。<br />公式サイトには、原田さんの現在の写真が掲載されていた。『パパは動物カメラマン』当時のあごひげは無くなっているけれど、ロッキー山麓の雪原の中で、今も変わらない夢を追い続けている原田さんの姿がそこにあった。<br /><br /><table  border="0" cellpadding="5"><tr><td valign="top"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/410453501X/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ec1.images-amazon.com/images/P/410453501X.09._SCMZZZZZZZ_.jpg" border="0" alt="モンタナの風" /></a></td><td valign="top"><font size="-1"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/410453501X/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank">モンタナの風</a><br />原田 純夫 <br /><br />新潮社  2002-04<br />売り上げランキング : 562175<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/410453501X/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank">Amazonで詳しく見る</a></font> <font size="-2">by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a></font></td></tr></table>
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<item rdf:about="http://yondoco.seesaa.net/article/34705983.html">
<title>『言葉のなかに風景が立ち上がる』</title>
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<description>言葉のなかに風景が立ち上がる川本 三郎 新潮社  2006-12-27売り上げランキング : 119524Amazonで詳しく見る by G-Tools「境界線上にある風景」が好きだと、川本三郎さんは言う。普段の生活から少し遠ざかった、けれども全くの別世界というわけでもない、「こちらと向う」の中間にある、グレーゾーンの風景が。 北海道の富良野に移り住み、廃校になった小学校で暮らしている孤高の画家、奥田修一さんに、「どんな風景に惹かれるか」と聞いたところ、「畑と森がぶつかりあう...</description>
<dc:subject>書評 ことば・詩・物語</dc:subject>
<dc:creator>ふらら</dc:creator>
<dc:date>2007-02-26T10:46:49+09:00</dc:date>
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<table  border="0" cellpadding="5"><tr><td valign="top"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/410377603X/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ec2.images-amazon.com/images/P/410377603X.01._SCMZZZZZZZ_.jpg" border="0" alt="言葉のなかに風景が立ち上がる" /></a></td><td valign="top"><font size="-1"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/410377603X/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank">言葉のなかに風景が立ち上がる</a><br />川本 三郎 <br /><br />新潮社  2006-12-27<br />売り上げランキング : 119524<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/410377603X/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank">Amazonで詳しく見る</a></font> <font size="-2">by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a></font></td></tr></table><br />「境界線上にある風景」が好きだと、川本三郎さんは言う。普段の生活から少し遠ざかった、けれども全くの別世界というわけでもない、「こちらと向う」の中間にある、グレーゾーンの風景が。<br /><br /><blockquote>　北海道の富良野に移り住み、廃校になった小学校で暮らしている孤高の画家、奥田修一さんに、「どんな風景に惹かれるか」と聞いたところ、「畑と森がぶつかりあうようなところ、人間の手が加わったところと、手があまり加わっていないところが接した中間の風景」と答えられた。<br />　ああ、まさにそれだ、自分が好きな風景もと思った。絶海の孤島や人を寄せつけない秘境の山ではない。大草原のなかに地平線に向かって一本道がどこまでも伸びている。麦畑の向こうに鉄道の線路が走って、そこを列車が走ってゆく。海辺にぽつんとひとつ灯台が立っている。エドワード・ホッパーやアンドリュー・ワイエスが描いた、そんな風景にこそ心惹かれる。<br />　現実の暮らしをしている人間、日常の営みを大事にしている人間が、ふと空を見上げる時に感じるような透き通った気持が、中景という境界線上の風景を引き寄せる。（一部中略）</blockquote><br /><img src="http://yondoco.up.seesaa.net/image/Edward20Hopper_lighthousehill.jpg" width="383" height="267" border="0" align="" alt="Edward Hopper_lighthousehill.jpg" /><br /><br />普段の暮らしの中から、ふとしたきっかけで現れる「中間の風景」を求めて、現代作家の小説を「散策」する…そんな試みから生まれたのがこの一冊だ。<br /><br />本書のなかで、川本さんが最初に取りあげているのは『鳥たちの河口』。長崎の海辺の町、諫早町で育ち、そこを舞台にした小説を書き続けたという作家、野呂邦暢さんの作品だ。<br /><br />地方都市の放送局に勤めるカメラマンだった主人公は、ある不幸な出来事から退職を余儀なくされる。放送局に行かなくなった「男」が惹きつけられたのは、町はずれにある河口と、その先に広がる海だった。<br />　<blockquote>秋から冬にかけて河口には、シベリアあたりから渡り鳥が飛んでくる。広大な葦の原が鳥たちを外敵から守ってくれる。男は毎日のように河口に出かけては、鳥たちを観察する。日常生活から離れた男のところに、静かな風景がゆっくりと近づいてくる。男と風景との交感が始まる。<br />　ある日、男は、焚火をするために浜辺で流木を集めている時に、見なれない黒い鳥が波打際に横たわっているのを見つける。銃弾で撃たれている。男は、鳥を家に連れ帰り、傷の手当てをしてやる。図鑑で調べ、中央アジアの広い内海に棲むカスピアン・ターンという名の珍しい鳥だと知る。冬季には、インドやタイへ渡る。その鳥がコースを外れて日本の町の干潟にやってきた。<br />　地球環境の変化で方向感覚がおかしくなったらしい。男は、群れから離れ傷ついた鳥に自分の姿を重ねたように必死に介抱してやる。二十日ほどたって、鳥はなんとか体力を回復する。妻と共に男は、鳥を空へ返してやる。男もまたこれから新しい職を見つけなければならないだろう。</blockquote><br />この河口は、野呂さんがよく散策に出かけた諫早町の河口がモデルになっているのだそうだ。カスピアン・ターンを救った主人公は、河口に広がる干潟が、埋め立て計画によっていずれは消えてしまうことを知っていた。それは、野呂さんが愛してやまなかった有明海の干潟が、2000年に消失してしまった事実と重なっている。<br /><br /><blockquote>消えゆく風景だからこそ、男は、挽歌を歌うように、そのなかに身を溶け込ませていった。そして野呂邦暢は、自分だけの地図を作ったように、小説のなかに、河口の風景を永遠に封じ込めたのである。</blockquote><br />もう随分と長い間、小説らしい小説を読んでいなかった私は、この本の中で紹介されている作家の大半を知らなかった。現代作家が描く「風景」の魅力を、改めて教えてくれたこの本は、それこそ、懐かしい風景に出会った時のように、貴重なひとときを私に与えてくれた。これからの読書の指南書となりそうな、深みのある一冊。
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<item rdf:about="http://yondoco.seesaa.net/article/34095792.html">
<title>「わかりきったこと」を揺るがす~『暮らしの哲学』より</title>
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<description>暮らしの哲学―やったら楽しい101題ロジェ=ポル ドロワ 鈴木 邑 Roger‐Pol Droit ソニーマガジンズ  2005-02売り上げランキング : 150301おすすめ平均  Amazonで詳しく見る by G-Tools純粋に、気晴らしのために書かれた本というのがある。この『暮らしの哲学―やったら楽しい101題』もその一つ。テーマは、「日常のなかの冒険」だ。歩く、水を飲む、バスを待つ、電話をかける、カフェに入る…。何でもないように思える動作や行動でも、「ちょっとし...</description>
<dc:subject>書評 こころ</dc:subject>
<dc:creator>ふらら</dc:creator>
<dc:date>2007-02-19T10:14:33+09:00</dc:date>
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<table  border="0" cellpadding="5"><tr><td valign="top"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4789724603/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ec1.images-amazon.com/images/P/4789724603.09._SCMZZZZZZZ_.jpg" border="0" alt="暮らしの哲学―やったら楽しい101題" /></a></td><td valign="top"><font size="-1"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4789724603/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank">暮らしの哲学―やったら楽しい101題</a><br />ロジェ=ポル ドロワ 鈴木 邑 Roger‐Pol Droit <br /><br />ソニーマガジンズ  2005-02<br />売り上げランキング : 150301<br />おすすめ平均  <img src="http://g-images.amazon.com/images/G/01/detail/stars-4-5.gif" /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4789724603/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank">Amazonで詳しく見る</a></font> <font size="-2">by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a></font></td></tr></table><br />純粋に、気晴らしのために書かれた本というのがある。この『暮らしの哲学―やったら楽しい101題』もその一つ。<br />テーマは、「日常のなかの冒険」だ。歩く、水を飲む、バスを待つ、電話をかける、カフェに入る…。何でもないように思える動作や行動でも、「ちょっとしたきっかけをつくる」ことで、思いがけない驚きや発見の源になる、と著者のロジェ＝ポル・ドロワさんは説明している。<br />もしも、どこへ行く当てもなく地下鉄に乗ったら…。真夜中にふっと目覚めたとき、そのまま家の中を歩いてみたら…。自分とは違う、別の人になりきってみたら…。冷たい水の中にいきなり潜ってみたら…。<br />こうした「ちょっとしたきっかけ」について、101通りのヒントを与えてくれているのがこの本だ。そうして、繰り返し勧められているのは、「かならず自分で実際にやってみる」ということ。<br /><br /><blockquote>実践してみることによって「わかりきったこと」の実体が剥がれてくるのを実感してください。これは、哲学の歴史が始まって以来、つねに大切なことです。実際に位置をずらしてみる。横向きに歩いてみる。視点を変えてみる。はじめはごく小さな変化にすぎなくても、実際にやってみることによってひとつの事柄をまったく別の角度から見ることができるのです。</blockquote><br />読んでいるだけでも十分に楽しめそうな内容だけれど、せっかくなので、自分でもできそうなものを探してみる。<br />たとえば、「寝ころんで星空を眺める」。じっと眺めているうちに、天と地がひっくりかえって、身体が高いところを漂っているような感覚が味わえる…という話は興味深いけれど、さすがに夏がくるのを待って試したほうがよさそうだ。<br />そこで、「同じ単語を繰り返す」というのをやってみる。身近にある物をひとつ手に取って、じっと見つめながら、その名前を繰り返し、くりかえし呼び続ける。そのうち、「物の名前から、意味が逃げ出す」ような感覚が味わえるというしかけ。<br />これは、効果てきめんだった。ちょっと長めの名前を選ぶと、成功率が高まるみたいだ。朝起きぬけで、まだアタマがぼうっとしている間だとさらにいい。この間も、「シナモンシュガー」と「鼻炎ソフトカプセル」で試してみたら上手くいった。<br /><br />いっぽう、一読して心に残るものがあったのは、「人類を何かのまちがいと考える」というもの。期待できる効果は、「すがすがしくなる」。<br /><br /><blockquote>　私たちは、人類は特別な存在であるとさんざん聞かされてきました。世界の中心。神の子たち。進歩のベクトル。人類の存在が、神話や宗教によってたたえられるあまり、犯した失敗、品性の卑しさ、延々と終わらない戦争、数知れぬ恥辱のほうは顧みられなくなっています。<br />　一度、私たちの存在意義を完全に無視してください。人類は創造主の失敗であり、生物学的な事故であると考えてみるのです。宇宙のはずれの、石ころのようにちっぽけな星で、無秩序に発展してきた人類。無分別に繁殖し、環境を破壊し、虐殺、飢饉、圧政を繰り返し、そうしていつか永久に滅びる存在。<br />　正当化の余地のない、非常識ではかない存在を正面から見すえてください。人類には根本的に存在理由も将来もないというこの考えを、じっと我慢する訓練をしてください。そうすると心が穏やかになってきます。なぜなら、この無意味と恐怖があるからこそ、人類が生み出した崇高なものが、このうえなく貴重に思えてくるのです。完璧な音楽、忘れられない絵画、大聖堂の栄光、詩人の涙、恋人たちの笑い声…。これらはいずれも人類という誤りから生まれたものです。そして、そのどれもがすばらしい驚きの源なのです。</blockquote><br />「客観的に見れば、なんてことはない平凡な自分」に、改めて向き合うのは厳しいことだ。それを、わざわざ地球規模で体験してみようという、スケールの大きい想像力。そうして、その先に見えてくる、気晴らしにしてはあまりに壮大すぎる救いのイメージ…。<br />個人的には、この方法がけっこうマッチして、思わず胸がじんとしてしまったことを告白しておく。哲学って結構おもしろいかも、と思わせてくれる不思議な味わいの一冊。
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<item rdf:about="http://yondoco.seesaa.net/article/33572219.html">
<title>梅見に行ってきました</title>
<link>http://yondoco.seesaa.net/article/33572219.html</link>
<description>今週の「よんどこ」はお休みです。この連休中に、京都の北野天満宮へ梅見に行ってきました。今は、ちょうど「早咲きの見ごろ」だそうです。天神さん名物の、角つき狛犬も梅の下。おみくじも引いてみましたが、凶でした。ためしにもう一度引いてみると、今度は大吉が出ました。間を取って、まあ吉といったところでしょうか（笑）「とっとこ」にも関連写真をアップしていますので、どうぞご覧ください。</description>
<dc:subject>お知らせなど</dc:subject>
<dc:creator>ふらら</dc:creator>
<dc:date>2007-02-13T10:58:19+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
今週の「よんどこ」はお休みです。<br /><br />この連休中に、京都の北野天満宮へ梅見に行ってきました。<br />今は、ちょうど「早咲きの見ごろ」だそうです。<br /><br /><img src="http://yondoco.up.seesaa.net/image/IMG_0026.JPG" width="400" height="307" border="0" align="" alt="IMG_0026.JPG" /><br /><br />天神さん名物の、角つき狛犬も梅の下。<br /><br /><img src="http://yondoco.up.seesaa.net/image/IMG_0009.JPG" width="400" height="353" border="0" align="" alt="IMG_0009.JPG" /><br /><br />おみくじも引いてみましたが、凶でした。ためしにもう一度引いてみると、今度は大吉が出ました。間を取って、まあ吉といったところでしょうか（笑）<br /><br /><a href="http://tottoco.seesaa.net/article/33571741.html" target="_blank">「とっとこ」</a>にも関連写真をアップしていますので、<br />どうぞご覧ください。
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<item rdf:about="http://yondoco.seesaa.net/article/32797252.html">
<title>「本」に手触りがなくなるとき~『ウェブ人間論』より</title>
<link>http://yondoco.seesaa.net/article/32797252.html</link>
<description>ウェブ人間論梅田 望夫 平野 啓一郎 新潮社  2006-12-14売り上げランキング : 500おすすめ平均  Amazonで詳しく見る by G-Tools近いうちに、紙の本はなくなって、あらゆる情報は端末の上で読まれるようになる…そんな話を初めて聞いたのは、いつのことだったろう。確かあれは、今から10年ばかり前、私が工芸村に通っていた頃のことだった。長電話の最中に、友人のHさんが、ふとこんなことを言ったのだ。「伝統工芸を習いに行った人に言うのはなんやけど…和紙どころか、...</description>
<dc:subject>書評 情報・ウェブ</dc:subject>
<dc:creator>ふらら</dc:creator>
<dc:date>2007-02-04T10:11:25+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<table  border="0" cellpadding="5"><tr><td valign="top"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4106101939/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ec2.images-amazon.com/images/P/4106101939.01._SCMZZZZZZZ_V49875999_.jpg" border="0" alt="ウェブ人間論" /></a></td><td valign="top"><font size="-1"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4106101939/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank">ウェブ人間論</a><br />梅田 望夫 平野 啓一郎 <br /><br />新潮社  2006-12-14<br />売り上げランキング : 500<br />おすすめ平均  <img src="http://g-images.amazon.com/images/G/01/detail/stars-4-0.gif" /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4106101939/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank">Amazonで詳しく見る</a></font> <font size="-2">by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a></font></td></tr></table><br />近いうちに、紙の本はなくなって、あらゆる情報は端末の上で読まれるようになる…そんな話を初めて聞いたのは、いつのことだったろう。<br />確かあれは、今から10年ばかり前、私が工芸村に通っていた頃のことだった。長電話の最中に、友人のHさんが、ふとこんなことを言ったのだ。<br />「伝統工芸を習いに行った人に言うのはなんやけど…和紙どころか、紙そのものがなくなるのも、もう時間の問題やと思うよ」<br />「えー、なんで？」<br />あんまり唐突な言葉だったので、私は思わず言い返した。<br />「本はなくならへんよ。普通の読書と、ワープロの画面を読むのとは全然違うやん」<br />「でも、今の日本のパルプって、熱帯雨林を乱開発して作られてるやろ」<br />と、Hさんは言った。<br />「東南アジアのひどい状態考えたら、今のままの紙の消費量が維持できるはずない。今よりもっと便利な端末ができたら、たぶん本はなくなっていくと思う」<br />それは、かなりの衝撃だった。今から10年前といえば、まだ読書端末どころか、携帯やインターネットすら普及していなかった頃だ。紙の匂いとか、ページをめくるときの手触りとか、そういった「読書らしさ」が全て失われる時代がくるなんて、当時の私には信じられないことだった。<br /><br />あれから10年がたった今、Hさんが言っていた「もっと便利な端末」が、世の中にはずいぶん出回るようになった。携帯で読める本も増えているし、専用の読書端末もずいぶん性能が上がっているらしい。著作権の切れた本なら、PDFファイルで全ページ丸ごとダウンロードできたりする。<br />それでも、今のところ、まだ紙の本がなくなる様子はない。どうしてだろう。本好きとしては、この成り行きを素直に喜んでもいいところかもしれないけれど、一方では腑に落ちない思いもあって、何だかややこしい心境だ。<br />本当に、紙の本は今後もなくならないんだろうか。ネットに行けば、あらゆる情報が無料で手に入るのに、どうして私たちは、わざわざ本を買って読むんだろう。<br />そうした疑問に、一つの答えをくれたのが「ウェブ人間論」だった。<br /><br /><blockquote>平野　　最近、一方で、本の運命について考えるんです。ある程度の期間はネット上で読むものと紙媒体が並存するけれど、最終的には紙が消える、いや、紙はやっぱり残るんだという議論がずっとあります。（中略）例えばですけど、紙で読むことにあえてこだわるなら、簡易製本機のようなものが普及するとか、プリンターがダウンロードした小説を、本らしく綴じられるように両面印刷してくれるといった機能を備えるようになるとかすれば、出版社から直にデータだけ買って必要な箇所だけ自分で製本して読むという時代もくるのではないかと思うんです。それが、アマゾンで本を買って郵送でモノが届くのを待つという時代の次なのではないでしょうか。</blockquote><br />作家として当然のことかもしれないけど、平野さんは、この問題に相当なこだわりを持っているようだ。「本に囲まれて育った世代」の一人であり、紙の本への愛着が深いだけに、大胆な予想があえて前面に出てしまう、といった感じだ。けれども、そんな平野さんの問いかけに、梅田さんはあっさり答えている。<br /><br /><blockquote>梅田　　実は、僕はあまりそう思ってないんです。本が「永遠に不滅」かどうかは難しいけれど、相当長く生き残るメディアだと思います。検索性が大事な、ITの力を借りて読みたい研究書や百科辞典や全集はすぐに紙ではなくデータで読むという方向に向かうでしょう。でもそれ以外の、「最初の一行目から最後の一行まで順に読んでもらいたい」というタイプの本は、今と変わらず残るんじゃないでしょうか。</blockquote><br />でも、例えばレコードがCDに取って代わったように、読書端末がもっと普及すれば、誰も紙の本なんて買わなくなるんじゃないか、と平野さんは言う。すると、梅田さんはこう答える。CDの時とは違って、出版関係者の誰も、紙が消えてしまうことは望んでいない、と。<br /><br /><blockquote>梅田　　それと、音楽に比べて、本には明らかに紙の優位というのがあって、ただのコンテンツではない。本という形にパッケージした時に、紙という材質ゆえの付加価値が生じます。一行目から最後までを順に読んでいきやすいとか、一覧しやすいとか、保存しやすいとか、書き込みがしやすいとか。</blockquote><br />梅田さんのこうした考えを支えているのは、一つには「ウェブ進化論」を出したときの個人的な体験なのだという。梅田さんは有名なブロガーでもあるけれど、「ウェブ進化論」を出版することで、ネット上とはまた違った幅広い読者層を得ることができ、「ああ、本というのはすごいメディアなんだな」と、改めて実感したのだそうだ。<br />梅田さんのオプティミズムな考え方には、読んでいてほっとするものがあった。パッケージでもあり、コンテンツでもある本の有用性や、コストパフォーマンスの高さ…という理由付けには、「ああ、そういうことだったのか」と、目からウロコが落ちる思いがした。紙の本は、まだ当分のあいだ姿を消すことはないのかもしれない。<br /><br />個人的には、本に代わるメディアとして、ダウンロードしたデータファイルはあまりに味気ないと思う。もちろん、「本」に何を求めるかは、人によっても、場合によってもずいぶん違ってくるんだろう。即時性が大切な情報ソースなのか、それとも、長く手元に置いておきたい愛着の対象なのか…それぞれが必要としている「本」のあり方を、選んで手に入れるのが当たり前になったとき、紙の本は一つのオプションにすぎなくなるのかもしれない。
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<item rdf:about="http://yondoco.seesaa.net/article/32209735.html">
<title>「非まじめ」ロボット博士の発想</title>
<link>http://yondoco.seesaa.net/article/32209735.html</link>
<description>「非まじめ」のすすめ (〔正〕)森 政弘 講談社  1984-01売り上げランキング : 513167おすすめ平均  Amazonで詳しく見る by G-Toolsあの「不気味の谷」の概念を考えたロボット博士、森政弘さんには、「非まじめ」シリーズという名著があるらしい。人間「まじめ」もいいけれど、それだけでは固定観念にとらわれてしまう。もちろん、「不まじめ」ではいけないので、いっそ、そのどちらでもない「非まじめ」になってしまおう…というのが森さんの提案だ。たとえば、ロボットの...</description>
<dc:subject>書評 セレンディピティ</dc:subject>
<dc:creator>ふらら</dc:creator>
<dc:date>2007-01-27T13:41:42+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<table  border="0" cellpadding="5"><tr><td valign="top"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061831976/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ec1.images-amazon.com/images/P/4061831976.09._SCMZZZZZZZ_V1056601985_.jpg" border="0" alt="「非まじめ」のすすめ (〔正〕)" /></a></td><td valign="top"><font size="-1"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061831976/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank">「非まじめ」のすすめ (〔正〕)</a><br />森 政弘 <br /><br />講談社  1984-01<br />売り上げランキング : 513167<br />おすすめ平均  <img src="http://g-images.amazon.com/images/G/01/detail/stars-3-0.gif" /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061831976/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank">Amazonで詳しく見る</a></font> <font size="-2">by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a></font></td></tr></table><br />あの<a href="http://yondoco.seesaa.net/article/31441743.html" target="_blank">「不気味の谷」</a>の概念を考えたロボット博士、森政弘さんには、「非まじめ」シリーズという名著があるらしい。<br />人間「まじめ」もいいけれど、それだけでは固定観念にとらわれてしまう。もちろん、「不まじめ」ではいけないので、いっそ、そのどちらでもない「非まじめ」になってしまおう…というのが森さんの提案だ。<br /><br />たとえば、ロボットの研究を始めたばかりの頃、森さんは「人の手」の研究をしていた。そんな誰でも知っているようなことより、もっと新しい研究するように、と諭されたけれども、『しかし手のようなものがまだ機械では作れないではないかと思って、手の研究を始めた』のだそうだ。<br /><br /><blockquote>手の研究をはじめると、それは大学へ行かなくてもできる仕事であった。自分の体についているのだから、自分の手を見ていれば、朝から晩まで研究になる。とにかく手の機能というのはすごいものである。<br />手は物を持つものだとふつう思われるが、そうではない。手の原点に立ち返ると手は前足である。前足だから自分の体を支えたり、自分の体のバランスをとったりすることが第一の役目なのである。<br />お風呂がわいたかなといって手を湯船に突っ込むときは温度計になる。指を折って数えればコンピュータになるし、あっちですよ、こっちですよと指示すれば信号である。（一部中略）</blockquote><br />手が実は前足だったなんて、思ってもみなかった。確かにおもしろい見方だけれど、一体それのどこがロボットに結びつくんだろう…と考えるのは「まじめ人間」の発想で、まずは思いつくままにアイデアを広げていった方が、むしろ結果が出やすいものだ、と森さんは言っている。<br /><br /><blockquote>手の動きとなると、もっと巧妙である。シャープペンシルを二本の指で持つと、親指と人差指とが当然相対している。それを中指を使って三本の指で持って、指どうしの関係を見ると、人差指と中指のまん中に親指がきて、親指が半ピッチずれ落ちているが、これは無意識にやっていることである。<br />三本の指で持つから親指はまん中に持っていかないとまずいぞ、などと意識して持つ人は一人もいない。もし、そういう人がいたら研究の対象によいからぜひ紹介してほしいのだが、いない。<br />これをロボットにやらせてみる。二本で持たせて、三本というときに、あらかじめそれなりに組んでおかないと、ロボットは指をずらさないで持つ。これは二本で持つよりぐあいが悪い。こうして、ほう、おれたちは三本でもつとき無意識にこうやっているのかということが意識にのぼるわけだが、人間のやっていることは本当に一つひとつ、すごい。（一部中略）<br /><br /><img src="http://yondoco.up.seesaa.net/image/N02-Book20018.jpg" width="218" height="184" align="left" alt="N02-Book 018.jpg" hspace="5" /></a>「非まじめ」の<br />すすめ<br />p.145より<br clear=all><br /></blockquote><br />こんな風に、無心でおおらかな研究を「非まじめ」に続けるうちに、手に腕がつき、胴体がつき、やがては脳がついて、だんだんロボットらしくなっていったのだそうだ。<br /><br />どちらかといえば、「まじめ人間」の部類に入ってしまいそうな私だけに、森さんの「非まじめ」な発想は、どれを取ってもすごく新鮮だった。<br />中でも印象に残ったのは、まじめな人が陥りやすい「固定観念」の例ということで、森さんが紹介していたこんな詩。忙しすぎて、自分で工夫することを忘れてしまったようなときには、この子牛のことを思い出したい。<br /><br /><blockquote><img src="http://yondoco.up.seesaa.net/image/02-01130.jpg" width="145" height="185" alt="02-01130.jpg" align = "left">野原があった。そこへ一匹の子牛がやってきた。子牛は気まぐれに、くねくね曲がりながらその野原を通って行った。<br /><br />その翌日、狩人に追われた鹿がやってきた。鹿は子牛の通った、草がねているあとを逃げて行った。――緊急の時は、創造しているひまはない。ひとの通ったあとを通るものだ。狩人もそこを通って行った。草はますますふみつけられ、はっきりと曲がった道ができた。<br />その次の日は羊が来た。羊は、その曲がりくねった小道を、曲がりくねっていると不満を言いながら通っていった。<br /><br />しばらくたって、こんどは旅人が来た。旅人もその曲がった道を通っていった。<br />こうして、草はとれ、土面が顔を出し、曲がりくねった小道ができ上がった。こうなると、村人も、旅人も、馬車も、犬も、そこを通る。<br /><br />月日は矢のように過ぎ、その曲がりくねった小道は大通りになった。村の家々は、その大通りに沿って曲がりくねって建てられていった。またたくうちに、そこは大都会の中心街になった。<br /><br />鉄道が敷かれたが、その線路も道に沿って曲がっていった。<br /><br />何十万人もの人々が、今もなお、<br />三百年前も昔に通った、あの子牛に導かれて、くねくね曲がりながら通っていく。<br /><br />確固たる前例なるものは、<br />こんなにまでも尊ばれるのだ。<br /><br /><div style="text-align:right;">サム・ウォルター・フォス「子牛の通った小道」より</div></blockquote>
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<item rdf:about="http://yondoco.seesaa.net/article/31883121.html">
<title>安らぎの空間、憎しみの空間~東宏治『ムーミンパパの「手帖」』より</title>
<link>http://yondoco.seesaa.net/article/31883121.html</link>
<description>ムーミンパパの「手帖」―トーベ・ヤンソンとムーミンの世界東 宏治 青土社  2006-12売り上げランキング : 86219Amazonで詳しく見る by G-Toolsムーミンといえば、あの日本版アニメがすぐに思い浮かぶ。故・岸田今日子さんの個性的な声が、ほのぼのとしたムーミンのイメージにぴったりで、再放送があるたびに何度も見ていた大好きな番組だった。けれど、本書で紹介されているのはトーベ・ヤンソンの原作、北欧の澄んだ空気を漂よわせた「ムーミントロール・シリーズ」の方だ。ヤ...</description>
<dc:subject>書評 子ども・絵本</dc:subject>
<dc:creator>ふらら</dc:creator>
<dc:date>2007-01-22T10:35:04+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<table  border="0" cellpadding="5"><tr><td valign="top"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4791763122/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ec1.images-amazon.com/images/P/4791763122.01._SCMZZZZZZZ_V48305745_.jpg" border="0" alt="ムーミンパパの「手帖」―トーベ・ヤンソンとムーミンの世界" /></a></td><td valign="top"><font size="-1"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4791763122/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank">ムーミンパパの「手帖」―トーベ・ヤンソンとムーミンの世界</a><br />東 宏治 <br /><br />青土社  2006-12<br />売り上げランキング : 86219<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4791763122/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank">Amazonで詳しく見る</a></font> <font size="-2">by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a></font></td></tr></table><br />ムーミンといえば、あの日本版アニメがすぐに思い浮かぶ。故・岸田今日子さんの個性的な声が、ほのぼのとしたムーミンのイメージにぴったりで、再放送があるたびに何度も見ていた大好きな番組だった。<br />けれど、本書で紹介されているのはトーベ・ヤンソンの原作、北欧の澄んだ空気を漂よわせた「ムーミントロール・シリーズ」の方だ。<br /><br />ヤンソンは、フィンランドのヘルシンキ生まれ。彫刻家の父親とイラストレーターの母親という二人の芸術家の元で育った。暖かいストーブの前で、よくおとぎ話を聞かせてくれたという母親。一方、嵐の海が大好きで、ヤンソンを孤島へ連れて行っては、冒険ごっこを楽しんだという父親…。そんな『安らぎと刺激の両方』に満ちた少女時代の思い出が、ヤンソン作品にはふんだんに生かされている、と東さんは指摘している。<br /><br /><blockquote>実際、ヤンソンの作品には、ほのぼのとしたあたたかさ、やさしさ、思いやり、おおらかさとともに、同時に残酷さや辛辣さ、意地悪さ、いじけなどもふんだんにあるのであって、テレビアニメのムーミンは、そうしたいわば毒のない分、原作の持つ深みを失っている。（『ムーミンパパの「手帖」』）</blockquote><br />そういえば、ヤンソンがよく描いているモチーフとして、「安らぎの空間」と「憎しみの空間」がある、と東さんは書いている。<br /><br /><blockquote>（ヤンソン作品では）たいていの人物がそれぞれに落ちつける安らぎの場所を持っている。例えば、「夕空を眺めると、いつもロマンチックな気持でいっぱいになる」ムーミンパパは、北側の屋根裏にある西向きの部屋を、「朝が好きな」ムーミンママは東向きの部屋を、それぞれ持っている。（『ムーミンパパの「手帖」』）</blockquote><br />まるで、小さな動物が冬ごもりをする「巣穴」のように、あたたかくて快適で、外部から守られている「安らぎの空間」を、ムーミン親子はそれぞれに持っているのだという。<br /><br />一方でヤンソンは、「憎しみの空間」も描いている。平和そのものに見えるムーミン谷にも、実は『落ちつけない、不安にさらされる空間』があった。さらには『他人に対して、ひそかに憎しみや怒りを抱くことの許される空間』さえあったというのだ。<br /><br />この東さんの指摘を読んで、昔読んだことのあるムーミンの絵本を思い出した。ママのおつかいでミルクを買いに出かけたムーミンは、帰り道の森の中で迷ってしまう。あてもなく彷徨っているうちに、新鮮だったはずのミルクもとうとう腐ってしまい、暗がりの中でムーミンはひとり途方にくれる…危機的とも思えるそんな状況を、淡々としたタッチで描いたヤンソンのイラストは、強烈な印象となって心に残った。アニメの「ムーミン」には決して出てこなかったようなワンシーンだ。<br /><br />ところが、そんな恐ろしい森の中が、ムーミン一家にとってかけがえのない場所となることもあったという。<br /><br /><blockquote>「ミムラねえさん」と、ホムサははにかんだ声で言いました。「もし、君がさ、とても大きな動物でさ、腹を立てたら、どこへ行くと思う。」ミムラねえさんはとっさに答えました。「うちの裏ね。お勝手の裏の、気味の悪い森の中よ。腹が立つと、あそこへ行ってしまったものよ。」〔…〕「行ってしまったって、君が腹の立ったときのことなの？」「違うわ。ムーミンのうちの人のことよ。〔…〕あの人たちは、憂うつなとき、腹のたつとき、ひとりになってせいせいしたいときには、裏へ行ったわ。」ホムサは足を一歩うしろに引いて大声をあげました。「嘘っぱちだ、そんなこと。ムーミンたちは怒ったことなんてないんだ。」（『ムーミン谷の十一月』）</blockquote><br />幼いホムサ＝トフトには、大好きなムーミンや、憧れのムーミンママが腹を立てたり、悲しみに浸ったりすることがあるとは信じられない。けれども、ミムラねえさんからこの話を聞いた数日後、たまたま裏山の「怒りの森」に迷い込んだホムサは、『森のもつちからに触れるとともに、こうした森の必要性と、そうした空間を必要とする人間性とを理解するのである』。<br /><br /><blockquote>〔ホムサが森の中にまっしぐらにかけこむと〕たちまちまわりがうす暗くなりました。ミムラねえさんがいつか話していた、あの、ひとの来るのをいやがる、気味の悪い裏山の中でした。この森の中は、年中、昼でも暗いのです。木々は枝の置き場もないほどこみあっていて、心配そうにくっつきあって立っていました。地面はつるつるした皮みたいに見えました。〔…〕これは新しい世界でした。ホムサには、ことばで説明することも絵に描くこともできませんでした。何ひとつ、絵やことばにしてやる必要もないのです。ここにはいままで道をつくろうとしたひともいないし、木かげで休もうとしたひともいないのです。ただみんななんとなく暗い思いを抱いて、この中を歩きまわるだけなのです。これは怒りの森でした。彼はすっかり気持が落ち着いて、とてもいきいきとしてきました。〔…〕ホムサ＝トフトは、森の中を奥へ奥へと入っていきました。何も考えないで、枝の下をからだをこごめてくぐり抜けたり、這ったりしているうちに、頭の中が、あの水晶玉と同じように空っぽになりました。そうだ、ムーミンママは、くたびれたり、腹が立ったり、がっかりしたり、ひとりになりたいときには、あてもなく、果てしもなくうす暗いこの森の中を歩きまわって、しょんぼりした気持をかみしめていたんだ…。ホムサ＝トフトには、まるっきりいままでとは違ったママが見えました。すると、それがいかにもママらしく、自然に思えました。ホムサはふと、ママはなぜ悲しくなったのだろう、慰めてあげるにはどうしたらいいのだろう、と思いました。（『ムーミン谷の十一月』）</blockquote><br />『ヤンソン作品の素晴らしさは、読者対象が子供であっても、ものごとの両面、多面を隠さず描くところにある』、と東さんは書いている。<br /><br />いつか読んだあの絵本の中で、道に迷い、ミルクを腐らせてしまったムーミンが、その後どうなったのかはよく覚えていない。けれどもきっと、そうした目に遭わなければ会うことのなかった誰かと出会い、気付くこともなかった何かを見つけて、無事にムーミン谷に帰りついたことだろうと思う。<br /><br />★ちなみに…ムーミン公式サイトはこちら<br /><a href="http://www.moomin.co.jp/" target="_blank">Welcome to Moominvalley　ムーミン谷へようこそ</a><br />村民登録やミニゲーム、壁紙のダウンロードもできるようです。
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://yondoco.seesaa.net/article/31441743.html">
<title>現代のアトムと「不気味の谷」~『人間型ロボット ヒューマノイドの挑戦』より</title>
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<description>土曜日の夜、何となくNHKの「サイエンスZERO」を見ていた。最新の恐竜学説が紹介されていたりして、古生物ファンの主人もお気に入りの番組なのだけど、その日の特集は「ヒューマノイド（人間型ロボット）」だった。20年前、私が子供だった頃のヒューマノイドのイメージといえば、リバイバルで放映されていたアニメの『鉄腕アトム』そのものだった。もちろん、実際の人型ロボットの研究は、当時まだ黎明期で、二本足で歩くことさえできないプロトタイプの映像を、ニュースなどでよく見かけたものだ。それが、...</description>
<dc:subject>書評 セレンディピティ</dc:subject>
<dc:creator>ふらら</dc:creator>
<dc:date>2007-01-15T10:33:04+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<img src="http://yondoco.up.seesaa.net/image/Atom20photo03.gif" alt="Atom photo03.gif" width="128" height="218" /align = "left">土曜日の夜、何となくNHKの<a href="http://www.nhk.or.jp/zero/index.html" target="_blank">「サイエンスZERO」</a>を見ていた。最新の恐竜学説が紹介されていたりして、古生物ファンの主人もお気に入りの番組なのだけど、その日の特集は「ヒューマノイド（人間型ロボット）」だった。<br />20年前、私が子供だった頃のヒューマノイドのイメージといえば、リバイバルで放映されていたアニメの『鉄腕アトム』そのものだった。もちろん、実際の人型ロボットの研究は、当時まだ黎明期で、二本足で歩くことさえできないプロトタイプの映像を、ニュースなどでよく見かけたものだ。<br />それが、あのアシモの劇的な登場以来、「歩くロボット」はすでに当たり前。最近のヒューマノイドはますます進化していて、人間そっくりの外見を持ったロボットや、相手に合わせて会話をするロボットも開発されているらしい。どうすればより人間らしくなるのか、人にとって親しみやすいロボットを作るにはどうすればいいか…それが、今のロボット工学の関心の的なのだという。<br />「サイエンスZERO」で紹介されていたのも、そんなロボットの「親しみやすさ」についての実験だった。登場したのは、相手に反応して身動きしたり、首をかしげたりするロボット。外見もマスコットみたいにかわいらしくて、確かに「親しみやすい」。<br />ところが、実際にコミュニケーションしてみると、「どこか不自然さを感じる」と言った人がいた。「こちらの動きに100％追従されると、かえって機械的な感じがする」。<br />そこで、反応の度合いを80％に下げてみると、「こっちの方が自然。ちょっと気まぐれな所もあった方が、生き物らしい感じがする」と、逆に好評だったという。<br />ああ、これって「不気味の谷」の話だな、と思った。最近読んだ『「ふと…」の芸術工学』という本で、森政弘さんというロボット工学の博士が、よく似た話をしていたのだ。<br /><br /><blockquote>（人間型）ロボットでは「親愛感」とか「親和感」というものが重要です。それで、かたちの上で、人間に近づけていく努力をしたわけです。私たちは単純に、外見を人間に近づければ近づけるほど親和感が増すとばかり思っていたところ、その途中でたいへんなことに出くわしたのです。<br />人間に似せよう、人間に似せようと、努めていったところ、ある程度似てくると、気味悪さが生じることに気がつきました。機械みたいなロボットだったら気味悪くもないが、人間型のロボットは気味が悪い。たとえば、蝋人形というのは、気味が悪いでしょ。目がすわっていて、死人を見ているような気分になります。<br />ある程度似てくると、にわかに気味悪くなる。外見についてだけでなく、声についてもそうです。かなり人間の声に似てきているのに、それがちょっとずれるだけでも変に感じるということに気づきました。<br />このことをグラフで表すべく、横軸に類似度を、縦軸に親和感を取りますと、図※のようになります。曲線は一様に右上がりで上がっていくのではなく、100％の類似度、つまり完全に似る点の手前で曲線は深い谷を作ってしまうのです。私はこの谷を称して「不気味の谷」と呼ぶことにしました。この谷底は深く、ゼロを越えてマイナスのところにまで達しているのです。マイナスの親和感とは不気味ということです。<br /><br />※参照　<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8D%E6%B0%97%E5%91%B3%E3%81%AE%E8%B0%B7%E7%8F%BE%E8%B1%A1" target="_blank">「不気味の谷現象」</a><br />フリー百科事典『ウィキペディア（Wikipedia）』より</blockquote><br />確かに、リアルに作りこまれた最新型のヒューマノイドには、文楽人形に似た「不気味さ」があるような気がする。それなら、いっそ「不気味の谷」を突き抜けて、100％リアルなヒューマノイドを追求しよう…という研究もあるみたいだけれど、それはどうなのかなあ、と思う。<br />「サイエンスZERO」には、まだ開発途上のロボットもたくさん登場していた。中の機械がむき出しだったりして、いかにも「プロトタイプ」という姿なのだけれど、そこへ研究室の人たちが、とりあえずピンポン玉の目玉をつけてみたり、口紅をぬったりして「擬人化」している。<br />見た目のおかしさはともあれ、現場の人たちの愛着がにじみ出ているような、そうした手作りの「親和感」の方が、何だかほほえましくて好感が持てる…と思ってしまうのだから、人の感覚って不思議なものだ。<br /><br /><table  border="0" cellpadding="5"><tr><td valign="top"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4816339213/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ec1.images-amazon.com/images/P/4816339213.01._SCMZZZZZZZ_V1116959533_.jpg" border="0" alt="NHKサイエンスZERO" /></a></td><td valign="top"><font size="-1"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4816339213/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank">NHKサイエンスZERO</a><br />NHK科学環境番組部 <br /><br />ナツメ社  2005-05<br />売り上げランキング : 125227<br />おすすめ平均  <img src="http://g-images.amazon.com/images/G/01/detail/stars-5-0.gif" /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4816339213/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank">Amazonで詳しく見る</a></font> <font size="-2">by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a></font></td></tr></table>
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<title>心理学は夫婦げんかに役立つか~『日本語と日本人の心』より</title>
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<description>日本語と日本人の心大江 健三郎 河合 隼雄 谷川 俊太郎 岩波書店  2002-03売り上げランキング : 33158おすすめ平均  Amazonで詳しく見る by G-Tools大江健三郎に谷川俊太郎、そして河合隼雄というすごい顔ぶれのシンポジウムを収録した一冊。当日、進行役をつとめた谷川さんは、日本のシンポジウムの特色について、こんな風に言っている。 たとえば英語だと、誰かが講演をしてそれをほとんどそのまま文字に起こしても、書き言葉として読めるというところがあるけれども、...</description>
<dc:subject>書評 こころ</dc:subject>
<dc:creator>ふらら</dc:creator>
<dc:date>2007-01-10T09:50:19+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<table  border="0" cellpadding="5"><tr><td valign="top"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4006020511/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ec1.images-amazon.com/images/P/4006020511.09._SCMZZZZZZZ_V1056600910_.jpg" border="0" alt="日本語と日本人の心" /></a></td><td valign="top"><font size="-1"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4006020511/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank">日本語と日本人の心</a><br />大江 健三郎 河合 隼雄 谷川 俊太郎 <br /><br />岩波書店  2002-03<br />売り上げランキング : 33158<br />おすすめ平均  <img src="http://g-images.amazon.com/images/G/01/detail/stars-5-0.gif" /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4006020511/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank">Amazonで詳しく見る</a></font> <font size="-2">by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a></font></td></tr></table><br />大江健三郎に谷川俊太郎、そして河合隼雄というすごい顔ぶれのシンポジウムを収録した一冊。当日、進行役をつとめた谷川さんは、日本のシンポジウムの特色について、こんな風に言っている。<br /><br /><blockquote>　たとえば英語だと、誰かが講演をしてそれをほとんどそのまま文字に起こしても、書き言葉として読めるというところがあるけれども、日本語の場合、講演をそのまま起こすと、書き言葉としてはほとんど読むにたえないものになることが多い。シンポジウムにもそういうところがあって、議論されている意味内容は「あとでその人たちの本を読めばいい」として、目の前の本人のしゃべり方とか、あるいは訛があるかとか、受け答えの仕方とか、一種のプレゼンスを楽しむというところがある。それはそれでぼくはすごくいいというふうに思うんです。</blockquote><br />日本のシンポジウムでは、討論の内容よりも、本人のしゃべり方や、受け答えの仕方におもしろさがある…こうした考えからか、谷川さんは、シンポジウムの進め方を急遽「討論式」に変更して、本筋から脱線した質問をしてみたりと、やや掟破りのような進行をしている。まるで、出席者からおもしろい「プレゼンス」をどんどん引き出そうとしているみたいに。<br />たとえば、心理学者の河合さんに対して、谷川さんはこんな問いかけをしている。このシンポジウムのテーマは「日本語と創造性」だけれど、この「創造」という言葉が、自分には何だかしっくりこない。ここでの「創造性」とは、やはり文学とか詩のことを指しているのだろうけど、どうもそれだけではないような気がする、と。<br /><br /><blockquote>谷川　　ぼくが書いている詩よりも、むしろ河合さんが自分の全存在を賭けてクライアントの方と話をしていらっしゃる過程のほうが、はるかに「創造」という言葉にふさわしいというふうに感じているのです。そこで河合さんに、つまりなぜ文学作品というものが創造的に見えるのかということをちょっとうかがいたいのですが…</blockquote><br />同書に収録されているインタビューでは、心理療法の「創造性」と、詩作のそれとの違いについて、谷川さん自身が分かりやすく説明されている。だから、シンポジウムの席での谷川さんは、そうした心理療法の意外な側面について、さらに河合さんの発言を引き出し、掘り下げようと、討論の流れをうまく誘導されている節がある。<br /><br /><blockquote>河合　　さきほど詩（谷川俊太郎『みみをすます』※）を読みました。私はそのときに、「この詩は私の理想です」という言い方をしましたが、自分のやっていることはなかなか思っているとおりにいかないし、そもそもなにを思ってやっているかもわからないというようなところがあります。そのときに、こういう詩を見ると、「ハハア…」とかえってわかる。こういうことを言語で表現することが創造だと思います。<br />　ぼくらにこういうことを言語で表現せよといわれても、やっぱりできないですね。ところが、書かれてしまうと、読んで、「ああ、これだ、わたしのやりたかったことは！」と、あとで言うことになる。だから、これが出てくるというのは創造だとすごく思います。<br /><br />谷川　　そうすると、相談にこられた方と向かい合っているときは、河合さんは自分の意識下にあるものをそうとう働かせて聞いていらっしゃるわけでしょう。そして、もしそこで自分がなんかうなずくなり、なんかしゃべらなくちゃいけないときは、そこのうんと深層意識のなかから出てくるものでそういうふうに反応なさると思うんですが、それでいいんでしょうか。<br /><br />河合　　はい、そうです。だから、いまの谷川さんの言い方をすると、たとえば、「いやあ、男は結局男なんですよ」といったら、これは当たり前のことです。しかし、その人にその場でいうということは、すごい創造的だとぼくは思っている。だから、その人にその場でそういったということは、ぼくはすごい創造活動をしているのかもしれないけれども、感激して「大発見、男は男である！」なんて書いても、あんまり読んでもらえないのじゃないでしょうか。（一部中略）</blockquote><br />心理療法の場に限らず、意識下からひょっと出てきた何気ない言葉というのは、どうしても文章化しにくい、という面がある。こうした「無意識のうちの話し言葉」と、「意識的な文章語」との乖離にも谷川さんは注目していて、自分にとって一番関心があるのは、そんな文章語と日常語との間の「つなぎ目」なのだ、とも話されている。<br />このシンポジウムの場合、記録が保存されることになっていたために、出席者はそれぞれ前準備をして、草稿をベースに慎重な発言をされていたらしい。ところが、司会役の谷川さんは、そのあたりの予定調和を（いい意味で）突き崩して、二人から即興の発言（＝本音？）を引き出そうと試みているように思える。<br />たとえば、心理療法についての話の最中に、谷川さんは不意にこう言う。<br /><br /><blockquote>谷川　そういう経験を夫婦げんかなんかに役立てられますでしょうか。<br /><br />河合　　家族に対するときはまったく別です。<br /><br />谷川　　それは河合さんだからこそ、河合さんとしてはそうおっしゃるけれど…。<br /><br />河合　　いや、家族に対するときに心理療法だったら、もう殺されるんじゃないでしょうか。<br /><br />谷川　　そういうふうに対さずにすんでいるということでもあるのですか。もしも家族の方が少し病んだ場合には、そういう心理療法は…。<br /><br />河合　　家族が病むということは、もう私の生き方に完全に関係があるわけでしょうからね。私はそのなかに生きるよりしようがないですね。だから、そんなの心理療法もクソもないです（笑）。<br /><br />谷川　　じゃ、それはまったく応用は利かない。長いあいだの河合さんの心理療法家としての経験は、家庭内の出来事には応用は利かないということですか。<br /><br />河合　　ぜんぜん応用できるもんじゃないですよ。<br /><br />谷川　　応用できない？<br /><br />河合　　ぜんぜん応用できるものじゃないですね。応用しようというのがもうまちがっていますよ。だから、心理療法でもそこで生きているわけですからね。その場で生きているわけだから、家庭でもこの家庭の場で生きているのだから、もうシチュエーションがちがいますからね。だから、それは私のクライアントの方がなにかいわれて、「うんうん」と聞くときでも、うちの子供がいうたら「アホー」って言うにきまっていますわ（笑）。<br /><br />大江　　いまの対話をお二人のまんなかで聞いていますとね、谷川さんの質問には両面性があったと思うのです。そして河合先生は、谷川さんの質問の側面Ａについてお答えになったけれども、側面Ｂについてお答えになっていないと思うのです。さて側面Ｂとはなにかというと、谷川さんは自分の生活のことを考えて、心理学は夫婦げんかに役に立つだろうかということをたずねていられるのではないか。それはどうですか。<br /><br />河合　　それは間接には役に立ちます（笑）。だから、私だって間接的には役立っているでしょうね。だけど、間接に役立っているというのと、それをそのままもってくるのとはちがうのです。<br /><br />谷川　　もちろんぼくはそのつもりでうかがったわけではないんです。いちおう間接的に…。<br /><br />河合　　それはさっき言ったように、ぼくらはテクニックではないでしょう。アートというのはぼくのからだの中に入っているのだから、これは分離できない、ある意味でいうと。間接的な意味では役には立っているでしょう。しかし、それはある程度テクニック的に役立てようというのはぜんぜん…。それでよろしいですか、大江さん（笑）。<br /><br />大江　　はい。<br /><br />河合　　そのうちに側面Ｃなんて出てくるかもしれない（笑）。</blockquote><br />整った文章語とは一味違う、いわば日常語との間の「つなぎ目」を見ようとして、夫婦喧嘩の話を持ち出してみた。ところが、河合さんも大江さんも、あまり乗ってこなかった。残念だ、と、後のインタビューで谷川さんは述懐しているけれど、その場に居合わせた観客にとって、このワンシーンでの三人の「プレゼンス」は、なかなか興味深いものだったんじゃないかと思う。<br />作家と詩人と心理療法家との、「日本語と心」をめぐる半ば本気のセッションを、文句ない臨場感で楽しめる一冊。<br /><br /><br />※<a href="http://www.1101.com/com_aid2002/2002-09-27.html" target="_blank">「ほぼ日刊イトイ新聞」</a>に、谷川俊太郎さん自身による、「みみをすます」の朗読がアップされています。
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<item rdf:about="http://yondoco.seesaa.net/article/30797941.html">
<title>街の「ゆるみ」と粋な偶然~『「ふと…」の芸術工学』より</title>
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<description>「ふと…(セレンディピティ)」の芸術工学赤瀬川 原平 佐々木 正人 宮本 隆司 工作舎  1999-09売り上げランキング : 249834Amazonで詳しく見る by G-Toolsこのブログには、『とっとこロード』という名前の姉妹ブログがある。近所を「とっとこ」散歩しながら、見かけた風景を写真に「撮っとこ」…というお気楽な趣旨の日記なのだけど、開設当初には、それなりにお手本にしようとしていたモデルがあった。1980年代に大流行した、あの赤瀬川原平さんの「路上観察学会」と...</description>
<dc:subject>書評 セレンディピティ</dc:subject>
<dc:creator>ふらら</dc:creator>
<dc:date>2007-01-04T10:38:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<table  border="0" cellpadding="5"><tr><td valign="top"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4875023138/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ec2.images-amazon.com/images/P/4875023138.09._SCMZZZZZZZ_V1056617169_.jpg" border="0" alt="「ふと…(セレンディピティ)」の芸術工学" /></a></td><td valign="top"><font size="-1"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4875023138/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank">「ふと…(セレンディピティ)」の芸術工学</a><br />赤瀬川 原平 佐々木 正人 宮本 隆司 <br /><br />工作舎  1999-09<br />売り上げランキング : 249834<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4875023138/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank">Amazonで詳しく見る</a></font> <font size="-2">by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a></font></td></tr></table><br />このブログには、『とっとこロード』という名前の姉妹ブログがある。近所を「とっとこ」散歩しながら、見かけた風景を写真に「撮っとこ」…というお気楽な趣旨の日記なのだけど、開設当初には、それなりにお手本にしようとしていたモデルがあった。1980年代に大流行した、あの赤瀬川原平さんの「路上観察学会」と、そこから生まれた「超芸術トマソン」だ。<br />ご存知の人も多いと思うけれど、この「路上観察学会」の主な目的は、建物の一部なのにどうにも使い道のなさそうな「無用の長物」を探し、写真を撮ってコレクションすることだ。あるとき、赤瀬川さんらが、四谷のある家に「どこにもつながっていないコンクリート階段」があるのを発見したのが、この路上観察を始める契機になったらしい。<br /><br /><blockquote>階段というのは上ればそこに何かの目的がある。この階段では登ったところに窓しかないので、ここにある窓を覗くのが目的ということになりますが、そのためだけにこれほど立派な階段を作るだろうか。<br />よくよく考えると、この世の中にいらないものなんて作られてはいないのだと気づきました。あえて無用な階段を作ることはありえないわけで、常識的に考えれば以前はこの階段の上に入口があった。ところがその入口が不用になって窓になってしまった。本来は壊すべき階段だけど、この家の敷地内ですから、壊すよりもとっておいてもかまわないだろうと残っていた。（一部中略）</blockquote><br />無用なのに、やたらと立派なまま保存されているこの「四谷の純粋階段」に、すっかり魅了された赤瀬川さんたちは、こうした無用の長物の数々を「トマソン」と名付け※、鑑賞の対象にするようになったのだという。<br /><br /><blockquote>「トマソン」というものを発見したのは、もともと絵が好きで、見ることが好きだったからではないかと分析しています。いつか描くのに幻滅してしまったので、もっとおもしろいものを見ようとした。単純な動機です。ぼくらの住んでいる街は人間が作ったものではあるのですが、その全部を完全につくったわけではなくて、家でも道路でも「ゆるみ」がそなわっているものです。しかもその「ゆるみ」は自然にできたものです。それを見ていくと頭では考えられない発見があって、実におもしろい。しだいにやみつきになりました。</blockquote><br />長年の研究を通して、「フェイス・ハンティング」「原爆タイプ」「路上植物園」など、さまざまなジャンルが開拓されていったというトマソンだけれど、中でも主要なポジションを占めているのが、貼紙や看板の類のようだ。美しく整備されているように見える街角にも、実は上質なトマソンがいくつも存在していることを、赤瀬川さんは教えてくれている。<br /><br /><blockquote>じつに深い作品があります。町内の表示板に「夜の中からゴミを出さないでください」の貼紙。当然「夜のうちから…」という意味なんでしょうが、普通こういう場合「中」という字は使わない。まるで夜という物体がそこにあって、その中に手をつっこんでゴミを出していくヤツがいるので困る、というような不思議なイメージがわいてきてしまいます。一種のブラック・ホールのような、塊としての夜があったらひじょうに便利と思う。「夜」を道路のわきに置いておいて、その中にゴミを放りこめば、どんどんゴミが入っていく。時間の空間化といいますか。<br />　芸術家というのは、通常こういうことを一生懸命考えているんです。詩人なんてのは、こういうことをなんとかひねりだそうとしながら、なかなかできずに苦労しているんです。それを町内会の人が無意識にやってしまった。本人は気づいていないので作ったことにはならないけど、無意識に作ったものをぼくらの意識が見つけてしまった。そしてついに金がゴミとなる！　山の手の高級住宅地で見つけた貼紙、いや貼板です（下図）。</blockquote><br /><a href="http://yondoco.up.seesaa.net/image/Book20016.jpg" target="_blank"><img src="http://yondoco.up.seesaa.net/image/Book20016-thumbnail2.jpg" width="150" height="113"/align = "left"></a>「東京・広尾で見つけた、燃やせないゴミについて」（同書p.37より）<br clear=all><br />この『「ふと…」の芸術工学』は、神戸芸術工科大学レクチャーシリーズの一冊で、「ふと、思いがけない形で浮かんでくるアイデア」について、真面目に考えることをテーマにした連続講義が収録されている。その第１回目の講師として登場するのが赤瀬川さんで、「ふと…」の好例として「トマソン」を解説しているというのだから、何ともうらやましい限りだ。『老人力』を読んだ、という人にもお勧めの一冊。<br /><br />※「トマソン」命名の由来は、助っ人外人として巨人に入団したものの、三振の山を築いて「扇風機」の異名をとったゲーリー・トマソン選手らしい。
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<item rdf:about="http://yondoco.seesaa.net/article/30721910.html">
<title>新年のごあいさつ</title>
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<description>本ブログをご覧の皆さま、明けましておめでとうございます。お正月はいかがお過ごしでしょうか。ふらら家は里帰りをして、のんびりと2007年のスタートを切りました。ご馳走三昧のおかげで、それぞれ1キロほど太った状態で帰宅。特に私は冷え性なので、手足の血行改善のためにも、この調子でもっと肉付きを良くしようと企てています（笑）お世話になったK川とM倉のみなさま、楽しいひと時をどうもありがとうございました。m(_ _)mこの１年も、また相変わらずの乱読を続けていくことになりそうです。やや...</description>
<dc:subject>お知らせなど</dc:subject>
<dc:creator>ふらら</dc:creator>
<dc:date>2007-01-02T21:14:40+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
本ブログをご覧の皆さま、明けましておめでとうございます。<br />お正月はいかがお過ごしでしょうか。<br /><br />ふらら家は里帰りをして、のんびりと2007年のスタートを切りました。ご馳走三昧のおかげで、それぞれ1キロほど太った状態で帰宅。特に私は冷え性なので、手足の血行改善のためにも、この調子でもっと肉付きを良くしようと企てています（笑）<br />お世話になったK川とM倉のみなさま、楽しいひと時をどうもありがとうございました。m(_ _)m<br /><br />この１年も、また相変わらずの乱読を続けていくことになりそうです。やや不定期な更新になるかもしれませんが、週に数回のアップは続けたいと思っています。気の向いた折にでも、そっとページを開いてやってくださいませ。<br /><br />どうぞよろしくお願いします。
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://yondoco.seesaa.net/article/30300920.html">
<title>元気をだして死んでください！~大江健三郎『二百年の子供』より</title>
<link>http://yondoco.seesaa.net/article/30300920.html</link>
<description>二百年の子供大江 健三郎 中央公論新社  2003-11-26売り上げランキング : 160741おすすめ平均  Amazonで詳しく見る by G-Tools『さようなら、私の本よ！』以降、もう小説は書かないと言っていたはずの大江さんが、再び新作の準備を始めているそうだ。近いうちに私家版で、初の詩集（『形見の歌』）も出版されるという。今度こそ、引退話は本当だろうと思っていただけに、これは意外な朗報だった。今から新作が待ちきれない思いで、久しぶりに大江作品を手に取ってみた。先...</description>
<dc:subject>書評 ことば・詩・物語</dc:subject>
<dc:creator>ふらら</dc:creator>
<dc:date>2006-12-26T10:26:01+09:00</dc:date>
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<table  border="0" cellpadding="5"><tr><td valign="top"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4120034763/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ec2.images-amazon.com/images/P/4120034763.09._SCMZZZZZZZ_V1070010501_.jpg" border="0" alt="二百年の子供" /></a></td><td valign="top"><font size="-1"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4120034763/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank">二百年の子供</a><br />大江 健三郎 <br /><br />中央公論新社  2003-11-26<br />売り上げランキング : 160741<br />おすすめ平均  <img src="http://g-images.amazon.com/images/G/01/detail/stars-4-0.gif" /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4120034763/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank">Amazonで詳しく見る</a></font> <font size="-2">by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a></font></td></tr></table><br />『さようなら、私の本よ！』以降、もう小説は書かないと言っていたはずの大江さんが、再び新作の準備を始めているそうだ。近いうちに私家版で、初の詩集（『形見の歌』）も出版されるという。今度こそ、引退話は本当だろうと思っていただけに、これは意外な朗報だった。今から新作が待ちきれない思いで、久しぶりに大江作品を手に取ってみた。先月文庫版が出た『二百年の子供』だ。<br /><br />知的障害のある真木は、普通の人のように「夢」を見ることができない。ところが、その真木が、昨年亡くなったはずのおばあちゃんに会った、と夢のようなことを言い出す…というシーンからこの物語は始まる。<br />おばあちゃんが長年暮らした谷間の村には、ある言い伝えがあった。「千年スダジイ」の根元のうろに入って眠ると、心から会いたいと思っている人や、見たいものの所へ行くことができるのだという。どうやら真木は、その言い伝えを実行して、亡くなる前のおばあちゃんに会いに行ったらしい。<br />「夢を見ない兄が言うことだから、本当の話かもしれない」と、弟・妹の朔とあかりは思う。二人は、真木と一緒に「夢見る人のタイムマシン」に乗り込むために、「千年スダジイ」のうろで一晩を過ごす計画を立てるのだった。…<br /><br />大江さんは、同じテーマを繰り返し何度も語り直す、というタイプの作家だ。だから、この人の作品を読んでいると、「ああ、またこのエピソードに出会った」と、デジャヴのような感覚を味わうことがよくある。<br />中でもよく「再話」されるのが、先天性の脳障害を持つ長男・光さんをモデルにしたエピソードと、出身地である四国の村を舞台にした伝承だ。「あれ、どこかで読んだことのある話だな」と思いながらも、そのたびに少しずつ移り変わっていく設定につられて、気持ちを新たにして読まずにはいられない。そうした独特の「語りの力」が、年を追うごとに大江作品を一層味わい深いものにしていると思う。<br />『二百年の子供』に登場する真木も、光さんをモデルにしたキャラクターの一人だ。これまで何度も取り上げられてきた、代表的なエピソードの数々が、大江さん初の「ファンタジー」として、新たに語り直されていくのがおもしろい。たとえば真木には、時間をさかのぼってまで、生前のおばあちゃんに伝えたいと思う言葉があった。<br /><br /><blockquote>　真木は積極的な気持ちになるといつもそうだが、足に故障があるのに、「三人組」の先に立って大股にしっかり歩いた。後に続きながら、<br />　――真木さんが、おばあちゃんにいおうとしてる言葉は、わかると思う、とあかりはいった。<br />　――ぼくもわかったよ、と朔はいった。<br />　去年の秋の真木との滞在でどういうことがあったかを、旅行から帰ってすぐ、父は母にくわしく報告していた。「森の家」で暮らす一週間がたって、タクシーで松山の空港に出発する朝、真木はおばあちゃんに、心をこめてこうあいさつしたそうだ。<br />　――元気をだして死んでください！<br />　母は、おばあちゃんが、口癖のように、死ぬまで元気をだしていたい、といわれるものだから、それが頭にあったんでしょう、といった。<br />　しかし、その愉快そうな言い方に、朔が反撥した。<br />　――ぼくはあいさつとして正しくないと思う。<br />　それでもおばあちゃんは、これは私の好きな言葉だ、といわれていたそうだ。<br />　冬のはじめ、入院することになっての「三人組」へのお別れの電話でも、真木にあれをもう一度いってもらいたい、といわれたが、真木は黙っていた。それは朔の強い反撥を覚えていたからのはず。<br />　――いま、サクちゃんは、真木さんが「夢を見る人」のタイムマシンでおばあちゃんに会えて、あの言葉をいってあげられればいい、と思うのね？<br />　――真木さんの言葉は、いいあいさつなんだよ。あれは良くない、といった時、ぼくは若かったんだ。（一部中略）</blockquote><br />三人は、計画通りに「千年スダジイ」の言い伝えを実行した。知的障害のために、夢を見ることはできないと思われていた真木だけれど、意外なことに、ウロの中で見た夢のことを、翌朝一番はっきりと覚えていたのは真木だった。<br /><br /><blockquote>　あかりは、こう思った。<br />　真木に夢ということがわからないと聞いてから、いつもそれが気になってきた。考えたことは、もう整理されている。<br />　１、真木さんも夢は見ると思う。<br />　２、しかし、実際の生活での出来事と、夢のなかでのことが区別できない。<br />　３、そこで、「夢を見た？」とたずねられると困るのだろう。<br />　あかりはいま、シイの木のうろで眠っていた昨夜の間に、こことは違う場所、違っている時間のなかで経験したことを思いだしているのだった。真木、朔も一緒だった。アサ叔母さんまで、自分の話を認めてくれた。<br />　「夢を見る人」のタイムマシンに乗って行ってのことなのだから、確かに夢なのだろう。「三人組」でおなじ夢を見た。そして、このひとつの夢についてなら、あかりと朔が、真木さんもちゃんと夢を見たと、証言してあげることができる。<br />　――サクちゃん、私はね、現実の世界で生きるのと夢の世界で生きるのと、その大切さが99対１くらいかも知れないと思う。そうだとしても、真木さんの心が、百分の一だけ広がったんだわ。（一部中略）</blockquote><br />この間、大江さんのファンサイトで、『二百年の子供』がおもしろかった、うまく説明できないけれど、この作品は好きだ、と中学生くらいの子が掲示板に書き込んでいるのを見かけて、うれしかった。こうしてまた次の世代に、大江作品が読み継がれていくのなら、この一冊には大きな意味があるのかも…と、何だかババくさい感慨にふけってしまった今日この頃。<br /><br /><table  border="0" cellpadding="5"><tr><td valign="top"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4122047706/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ec1.images-amazon.com/images/P/4122047706.01._SCMZZZZZZZ_V35547069_.jpg" border="0" alt="二百年の子供" /></a></td><td valign="top"><font size="-1"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4122047706/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank">二百年の子供</a><br />大江 健三郎 <br /><br />中央公論新社  2006-11<br />売り上げランキング : 54546<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4122047706/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank">Amazonで詳しく見る</a></font> <font size="-2">by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a></font></td></tr></table>
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<title>名酒をかもす菌のはなし~石川雅之『もやしもん』より</title>
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<description>もやしもん 1―TALES OF AGRICULTURE (1)石川 雅之 講談社  2005-05-23売り上げランキング : 548おすすめ平均  Amazonで詳しく見る by G-Toolsうちの晩酌は泡盛が定番だ。近頃のブームのおかげで、近所のスーパーでもいろんな銘柄の泡盛が並ぶようになった。晩ごはんのおかずと一緒に、久米仙や菊之露あたりを気軽に入手することができるので、とても便利だ。結婚するまでは、泡盛と焼酎の違いも分かっていなかった私だけれど、最近では、銘柄ごと...</description>
<dc:subject>書評 コミック</dc:subject>
<dc:creator>ふらら</dc:creator>
<dc:date>2006-12-21T09:43:24+09:00</dc:date>
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<table  border="0" cellpadding="5"><tr><td valign="top"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4063521060/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ec2.images-amazon.com/images/P/4063521060.01._SCMZZZZZZZ_V1118209481_.jpg" border="0" alt="もやしもん 1―TALES OF AGRICULTURE (1)" /></a></td><td valign="top"><font size="-1"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4063521060/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank">もやしもん 1―TALES OF AGRICULTURE (1)</a><br />石川 雅之 <br /><br />講談社  2005-05-23<br />売り上げランキング : 548<br />おすすめ平均  <img src="http://g-images.amazon.com/images/G/01/detail/stars-4-5.gif" /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4063521060/yondoco-22/ref=nosim/" target="_blank">Amazonで詳しく見る</a></font> <font size="-2">by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html" >G-Tools</a></font></td></tr></table><br />うちの晩酌は泡盛が定番だ。近頃のブームのおかげで、近所のスーパーでもいろんな銘柄の泡盛が並ぶようになった。晩ごはんのおかずと一緒に、久米仙や菊之露あたりを気軽に入手することができるので、とても便利だ。結婚するまでは、泡盛と焼酎の違いも分かっていなかった私だけれど、最近では、銘柄ごとの味の違いもだんだん分かるようになってきた。知人からの頂き物が、たまたま５年ものの古酒だったりすると大喜びだ。<br />この『もやしもん』にも、設定上、おいしそうなお酒の話がたくさん出てくる。主人公の沢木くんは、代々続くもやし屋の息子で、なぜか「菌が肉眼で見える」という特殊能力の持ち主だ。とある農大に入学してからは、ますますいろんな菌との出会いがあって大騒ぎ…というまったりしたストーリーなのだけど、登場する麹菌や乳酸菌がやたらとかわいくて、「農大細菌漫画」というくくりで結構売れているらしい。<br /><br /><a href="http://yondoco.up.seesaa.net/image/PC180005.JPG" target="_blank"><img src="http://yondoco.up.seesaa.net/image/PC180005-thumbnail2.JPG" alt="PC180005.JPG" width="118" height="150"/align = "left"></a>菌がこんなにかわいいなんて！ A.オリゼー、P.クリソゲヌム、E.コリその他の面々。<br clear=all><br />３巻の沖縄篇では、なんと「1000年古酒の泡盛」という話が出てくる。沢木くんの先生、樹教授は発酵学の権威で、菌のことなら何でも知っているというえらい人だ。あるとき、沖縄の海中調査をしていた樹教授は、200年前の沈没船と、その積荷らしい泡盛のカメを発見した。お酒は、長い時間貯蔵しているうちに角が取れ、口当たりがよくなっていく。いわゆる「古酒」というのは、３年以上熟成させた泡盛のことだというから、200年前の古酒というだけで大発見だ。しかも、樹教授いわく、「かつて実験で、海中の酒は陸上の５倍の速さで熟成が進んだという結果が得られた」。ということは、200×５で、1000年分の熟成が進んだ幻の古酒？…「飲んでみたい！」と、思わずため息の出そうな筋書きだ。<br />菌の中にも、こんな風においしい泡盛をかもしたり、納豆を作ったり、大腸の健康を保ってくれたりしている「善玉菌」がある。そう思うと、菌というだけで毛嫌いして、やたらと除菌スプレーを振り回すのは「何だかなあ」という気分になってきた。<br /><br /><blockquote>「何が除菌ブームや、何が清潔なくらしや。人間一人がどれだけの菌持ってると思ってんだ！　100兆だぞ！　まっすぐ並べると地球５周だ。便所の菌なんてメじゃねぇ。菌ってだけで悪だってんなら、人は菌袋だ。お前もだー！」<br />「無茶なこじつけしないでよ！　それにあたしは清潔だもん」<br />「冗談じゃねえ、人間の顔には１平方センチに３千万から１億の菌がいるんだ。頭皮にはカビだっているんだぞ」<br />「あ、あたしはいないわよ！」<br />「オマケに人間の顔には寄生虫がいるんだ。お前のまつげの根元にも、尻尾突きさして棲んでんだ！」</blockquote><br />このセリフは、ある特殊な菌を培養して、ひと儲けしようとたくらんでいた沢木くんの先輩たちが、肝心の菌をスプレーで殺されてしまったときの絶叫なのだけど、近頃の安易な「除菌ブーム」に疑念を投げかける、真摯な訴えとしても読めそうだ（？）。<br />事実、人の表皮には、いたるところに菌がいる。ところが、そうした常在菌は人には無害だし、外部から有害な菌が侵入するのを防いでくれてもいるらしい。『もやしもん』の巻末付録では、そんな表在常在菌からのメッセージも紹介されていたりする。<br /><br /><blockquote>世には「キレい好き」と称して、手洗いだ、シャンプーだとやたら体を洗う人がいますね。体を清潔に保ちたい、それゆえに頻繁に体を洗う。これが実は体がクサくなる原因なのです。<br />確かに、石鹸やシャンプーでしっかり体を洗えば汚れも落ちるし、菌やカビもいなくなるけど、それと同時に、我々表在常在菌もいなくなっているという事なのです。<br />表皮を守る我々の減った皮膚には、我々が再び勢力を取り戻すまでの間、雑菌達に対するスキが出来てしまいます。そこに外部の菌、水虫菌やワキガ菌、その他疾患をもたらす菌が棲みついてしまったら、我々ももうお手上げ。<br />あなたが病気になるだけでなく、そういう菌というのはワキガ菌に限らず、あなたの体から悪臭を発します。<br />棲みつかれる前に防ぐ力を我々は持っています。大便後の肛門付近にいる大腸菌だって、我々がほんの短時間で完全に駆逐しているんです。<br />我々表在常在菌は、あなたと共に生きています。清潔な暮らしもよく分かりますが、何事もホドホドがいいって事なんです。<br />大事なのは、我々と組んで健康で丈夫な体をつくる事だと提案いたします。</blockquote><br />菌が人体にとってこんなにも身近で、無くてはならない存在だったとは知らなかった。ヒトってやっぱり生きた動物なんだなあ、と何だか妙な感心をしてしまう一冊。明日、最新巻（４巻）発売らしい。
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<item rdf:about="http://yondoco.seesaa.net/article/29885366.html">
<title>お知らせ</title>
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<description>seesaaブログの大型メンテが始まります。19日午前２時から20日午前２時まで、丸一日、seesaaサービスへのアクセスが全面停止になりますが、本ブログが不意に消え去ったわけではありませんのでご了承ください。以上、お知らせでした。m(_ _)m</description>
<dc:subject>お知らせなど</dc:subject>
<dc:creator>ふらら</dc:creator>
<dc:date>2006-12-18T22:59:47+09:00</dc:date>
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seesaaブログの大型メンテが始まります。<br />19日午前２時から20日午前２時まで、丸一日、seesaaサービスへのアクセスが全面停止になりますが、本ブログが不意に消え去ったわけではありませんのでご了承ください。<br />以上、お知らせでした。m(_ _)m
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