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このブログには、『とっとこロード』という名前の姉妹ブログがある。近所を「とっとこ」散歩しながら、見かけた風景を写真に「撮っとこ」…というお気楽な趣旨の日記なのだけど、開設当初には、それなりにお手本にしようとしていたモデルがあった。1980年代に大流行した、あの赤瀬川原平さんの「路上観察学会」と、そこから生まれた「超芸術トマソン」だ。
ご存知の人も多いと思うけれど、この「路上観察学会」の主な目的は、建物の一部なのにどうにも使い道のなさそうな「無用の長物」を探し、写真を撮ってコレクションすることだ。あるとき、赤瀬川さんらが、四谷のある家に「どこにもつながっていないコンクリート階段」があるのを発見したのが、この路上観察を始める契機になったらしい。
階段というのは上ればそこに何かの目的がある。この階段では登ったところに窓しかないので、ここにある窓を覗くのが目的ということになりますが、そのためだけにこれほど立派な階段を作るだろうか。
よくよく考えると、この世の中にいらないものなんて作られてはいないのだと気づきました。あえて無用な階段を作ることはありえないわけで、常識的に考えれば以前はこの階段の上に入口があった。ところがその入口が不用になって窓になってしまった。本来は壊すべき階段だけど、この家の敷地内ですから、壊すよりもとっておいてもかまわないだろうと残っていた。(一部中略)
無用なのに、やたらと立派なまま保存されているこの「四谷の純粋階段」に、すっかり魅了された赤瀬川さんたちは、こうした無用の長物の数々を「トマソン」と名付け※、鑑賞の対象にするようになったのだという。
「トマソン」というものを発見したのは、もともと絵が好きで、見ることが好きだったからではないかと分析しています。いつか描くのに幻滅してしまったので、もっとおもしろいものを見ようとした。単純な動機です。ぼくらの住んでいる街は人間が作ったものではあるのですが、その全部を完全につくったわけではなくて、家でも道路でも「ゆるみ」がそなわっているものです。しかもその「ゆるみ」は自然にできたものです。それを見ていくと頭では考えられない発見があって、実におもしろい。しだいにやみつきになりました。
長年の研究を通して、「フェイス・ハンティング」「原爆タイプ」「路上植物園」など、さまざまなジャンルが開拓されていったというトマソンだけれど、中でも主要なポジションを占めているのが、貼紙や看板の類のようだ。美しく整備されているように見える街角にも、実は上質なトマソンがいくつも存在していることを、赤瀬川さんは教えてくれている。
じつに深い作品があります。町内の表示板に「夜の中からゴミを出さないでください」の貼紙。当然「夜のうちから…」という意味なんでしょうが、普通こういう場合「中」という字は使わない。まるで夜という物体がそこにあって、その中に手をつっこんでゴミを出していくヤツがいるので困る、というような不思議なイメージがわいてきてしまいます。一種のブラック・ホールのような、塊としての夜があったらひじょうに便利と思う。「夜」を道路のわきに置いておいて、その中にゴミを放りこめば、どんどんゴミが入っていく。時間の空間化といいますか。
芸術家というのは、通常こういうことを一生懸命考えているんです。詩人なんてのは、こういうことをなんとかひねりだそうとしながら、なかなかできずに苦労しているんです。それを町内会の人が無意識にやってしまった。本人は気づいていないので作ったことにはならないけど、無意識に作ったものをぼくらの意識が見つけてしまった。そしてついに金がゴミとなる! 山の手の高級住宅地で見つけた貼紙、いや貼板です(下図)。
この『「ふと…」の芸術工学』は、神戸芸術工科大学レクチャーシリーズの一冊で、「ふと、思いがけない形で浮かんでくるアイデア」について、真面目に考えることをテーマにした連続講義が収録されている。その第1回目の講師として登場するのが赤瀬川さんで、「ふと…」の好例として「トマソン」を解説しているというのだから、何ともうらやましい限りだ。『老人力』を読んだ、という人にもお勧めの一冊。
※「トマソン」命名の由来は、助っ人外人として巨人に入団したものの、三振の山を築いて「扇風機」の異名をとったゲーリー・トマソン選手らしい。








