![]() | 「大きなかぶ」はなぜ抜けた? 小長谷 有紀 講談社 2006-07-19 売り上げランキング : 7955 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
誰もが知っている「大きなかぶ」や「ヘンゼルとグレーテル」、「取り替え子(チェンジリング)」など、世界の民話の中に隠されているひみつを解き明かした一冊。
むかし、小学校の国語の授業で「大きなかぶ」を読んだときは、こんなふうに教わったような記憶がある。
「おじいさん一人ではびくともしなかったかぶも、大勢で引っ張ればちゃんと抜くことができたんだ」
「みんなで力を合わせれば、どんな難しいことでもきっとやり遂げられるんだよ」
ある『指導の手引き』によると、この作品を「授業で読むねらい」は、「おじいさんの労働を前提に集団的労働を学ばせ、団結をこどもたち自身の問題として考えさせる」ことなんだそうだ。
でも、「大きなかぶ」のテーマは本当に「みんなで力を合わせる」ことなんだろうか? そんな疑問を解き明かすために、著者の斉藤君子さんは、ロシアに伝わる「大きなかぶ」の原話の一つを紹介している。
じっちゃと、ばっちゃがかぶのたねを一つぶ、にわにうえた。斉藤さんによれば、「大きなかぶ」の読み聞かせで一番に楽しいところは、新しい登場人物が現れるたびに、行列を最後尾から順にたどって、先頭のかぶまで戻る部分だという。「鼠が猫をひっぱって、猫が犬をひっぱって、犬が孫娘をひっぱって、孫娘がおばあさんをひっぱって、おばあさんがおじいさんをひっぱって、おじいさんがかぶをひっぱって…」
「おーきくなあれ、おーきくなあれ。かぶよ、おおきくなって、あまいかぶになあれ!」じっちゃはかぶをぬきにいった。じっちゃはかぶをつかんで、ひっぱった。ひーても、ひーても、びくともしない!
ばっちゃがでてきて、ばっちゃがじっちゃを、じっちゃがかぶをつかんで、ひっぱった。ひーても、ひーても、びくともしない!
このあと孫息子、孫娘を呼び、一列につながって四人でかぶをひっぱるが、それでもかぶはぬけない。そして意外な結末を迎える。
そこへネズミがひょっこりあらわれて、かぶをたべてしまい、ひっこぬいた!
教育的意味を重視してきた人には拍子抜けするような、あっけらかんとした結末である。昔話絵本でこの話に親しんできた日本の子どもたちからも、「そんなの、ないよ!」と抗議されそうだ。(一部中略)
こうして新しい登場人物が加わるたびに長くなっていった鎖が、かぶが抜けたことによってぷっつりと切れ、話は終わる。鎖が切れて初期状態に戻ることがたいせつなのであって、かぶが抜ける理由は問題ではない。みんなで力を合わせた結果であろうと、鼠がかじった結果であろうと、かまわないのだ。民話は人から人へと語り継がれていくものだから、後からいろんな味付けが加えられて、いつの間にか立派な教訓話ができあがっていくこともある。
「大きなかぶ」が教科書に加えられた当時には、たまたまロシアの民話であったことに注目が集まって、政治がらみのこんな批判まで飛び出したというからおもしろい。「『団結』も『集団的労働』も悪くはないが、それを教えたければ日本の民話にも同じようなものが無数にあるではないか。にもかかわらず、小学1年生から何故ソ連の民話を学ばせなければならないのか…」
昔話をどう読むかは自由だけれど、時には斉藤さんの言うように、「幼い子どものように素直にあるがままを受け入れて」、「大きなかぶ」本来の物語のチカラを楽しんでみるのもおもしろいかもしれない。
★今回の関連ページです。
「一致協力がテーマ」ではなかった
藤森照信・評〜毎日新聞より











