2006年07月13日

胎児のひみつ

人という動物と分かりあう人という動物と分かりあう
畑 正憲

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以前、電車の中でかわいいベビーを見かけたことがある。隣に乗り合わせたおばさんがよろこんで、しきりに「いないいないばあ」で遊んでやったりしていた。
けれど、本人はずっとむっつりした表情のままで、あんまり反応がよろしくなかった。
「ベビーの中にも、あんなダウナー系がいるんだな」と、ちょっと意外に思ったのを覚えている。
ところが、この畑正憲さんの本を読んで、あのときの真相が分かったのだ。

あるとき、オーストラリアを旅行していた畑さんは、死んだワラビーの母親を発見した。お腹の袋には生まれたての子供がいたので、さっそく母親代わりになって育ててやったそうだ。ところが、そのワラビーベビーは、育ての親にまったく懐かなくて、温かい布の袋に潜り込みたがってばかりいた。

そうか。秘密は脳の中にある!
私は、そう考えた。
有袋類の袋は、子宮にあたるのではないだろうか。その中にいる間は、母親など認識しないでいいのである。
つまり、ワラビーやカンガルーの袋の中にいる赤ちゃんは、人間で言えばまだ「胎児」の状態で、外界に対する関心が芽生える前の段階なんだそうだ。なるほどなあ。

もちろん、人間の赤ちゃんも動物と同じで、発達にははっきりした段階があるらしい。だから、一頃はやった「胎教」なんて全く無意味だ、胎児はバッハやモーツァルトなんて必要としていない、というのが畑さんの考えだ。

きっと、あのとき電車で見かけたベビーも、別に人嫌いな性格だったわけじゃないんだろう。まだ「いないいないばあ」のおもしろさが分かる前の段階だったんだろうな。

こんなふうに、動物を通して考える「人間論」の本。なかなか楽しめる。


★今回の関連ページです。

「ムツゴロウさんこと畑正憲さんを東京ムツゴロウ動物王国に訪ねて」〜千葉のFMラジオ番組「ザ・フリントストーン」ゲストトークのページより
タグ:畑 正憲
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2006年09月06日

雨のにおいは虹のにおい〜『世界気象博物誌』より(その1)

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お天気となかよくなれる本―世界気象博物誌
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ふと、台所の窓辺に置く観葉植物がほしくなったので、初心者向きのサンデリアーナを買ってきた。以前、知人からもらった野焼きの器があったのを思い出して、土を盛って植えてみると、これがぴったりのサイズで結構いい感じ。
そのまま、夕食の支度に取り掛かったところで、植えたての鉢植えの方から、何だか懐かしいにおいがするのに気が付いた。サンデリアーナの根元の土…というよりも、たっぷりと水分を吸い込んだ野焼きの器から漂ってくるのは、独特のほのかな湿ったにおい。

水が染みた土の器のにおい、と言ってしまえばそれまでだけど、わざわざ鉢植えに鼻を近づけなくても、あたりの空気中に充満するように、強く、濃く漂っているこんなにおいをどこかでかいだ覚えがある。

そうだ、これは雨が降る前の大気のにおい、あの「雨のにおい」に似ている。

               * * *

そういえば、『お天気となかよくなれる本』(原題:The Weather Companion)という本には、「雨のにおい」の正体について、こんな話が書いてあった。

水にはにおいがないから雨のにおいを感じるはずはないが、雨が降るときには独特のにおいがすることがある。それは虹のにおいだと考えられていた。アリストテレスとプリニウスによれば、虹にはにおいがあるという。

1960年代にオーストラリアの化学者たちは、相対湿度が80パーセントに達したときに、ある種の粘土が雨のにおいを発散することを発見した。そして、「石のエッセンス」というギリシャ語から、このにおいをペトリコールと名づけた。

オーストラリアの科学者によると、次のようなペトリコールの性質が明らかになった。雨が降らない間に、土壌に植物が発する化学物質、ある種の油が入り込む。土壌中の鉄分が触媒となって、植物の油が「雨のにおい」へと変換する。もし雨が降れば、油が洗い流されてしまうから「雨のにおい」はしない。雨が降る前、相対湿度が80パーセント以上のときに、その湿り気が土壌中の「雨のにおい」を放ち始めるのだ。
(その2につづく)

★今回、トラックバックをさせていただいたブログのページです。

chez sugi  『雨の匂い』
タグ:雨のにおい
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2006年09月09日

大地のにおいの醸成槽〜『世界気象博物誌』より(その2)

ということは、次の2つの条件がそろったときに、「雨のにおい」が生まれるということになる。

 土壌に入り込んだ、植物が発する化学物質
 80パーセント以上の相対湿度

それで思い出した。土とはあまり縁のない場所に暮らしているのに、「雨のにおい」を最近かいだ覚えがあったのは、しばらく前に屋久島を訪れたからだった。「ひと月に35日雨が降る」と言われるあの島で、濃い霧がかかったある万年杉を、根元から振り仰いだ時にかいだにおい。

もっと古い記憶もある。小学校の頃、教室で飼っていたカブトムシの幼虫の巣をのぞきこんだとき、あの「雨のにおい」をかいだような気がする。

最近、近所のペットショップで見かけた「カブトムシ飼育セット」のケースの中には、朽木から作られた湿った土がたっぷりとつめてあった。幼虫はその中にもぐり込んで、まわりの土を食べながら育つのだ。あの「飼育セット」は、ミニチュア版の「雨のにおい」を生み出す醸成槽のようなものなのかもしれない。
ペトリコールは、雨の少ない地域ではにおいのもとだが、雨の多いところでは化学的には違ったものが「雨のにおい」をつくっている。一世紀前のイギリスでは、気圧が下がったときに土の中のカビが「雨のにおい」を出しているという説があった。これは現在では抗生物質のストレプトマイシンを作るのに使われるのと同じ土壌中の細菌であることがわかっている。

この湿った大地のにおいは「大地のにおい」と言う意味の言葉から出た「ジオスミン」と呼ばれ、いろいろなものに含まれている。大雨で上水道に大量の水が流れ込んだときに水がくさったような味になるのはたいていジオスミンである。川魚のマスやコイ、ナマズの泥のような味の原因となっている。料理したばかりのビートの土のようなにおいもジオスミンによるものだ。

「雨のにおい」の源にも、土地柄によっていろいろあるようだ。きっと人によっても、あの「雨のにおい」から連想するものは千差万別なんだろうと思う。アリストテレスだって、古代ギリシャのどこかで、あの湿った大地のにおいを「虹のにおい」だと考えていたのだから。
タグ:雨のにおい
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2006年10月03日

「こころ」という言葉が大嫌い〜日高敏隆・篠田節子「人間について」

人間について―往復エッセー人間について―往復エッセー
日高 敏隆 篠田 節子

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産経新聞の「生命ビッグバン」というコーナーで連載された、日高敏隆さんと篠田節子さんの「往復エッセー」をまとめた一冊。
「人間について」という大きなタイトルのもと、十代の若い人たちに向けて書かれた文章というから、どんな「清く正しいお説教」が語られているのかと思ったら、意外にも教訓めいた話は一切出てこない。たとえば、最初の篠田さんのエッセーはこんなふうに始まっている。

小学校の頃から、「こころ」という言葉が大嫌いだった。その言葉が大人によって吐かれるときは、たいてい何か説教されるときであったし、何よりその意味するところがひどく曖昧だったからだ。曖昧なままに、「こころ」という言葉が多用される道徳の授業はもっと嫌いだった。

連載第一回にして、これはいきなりな書き出しだ。具体的な打ち合わせをしないまま、篠田さんに先発をまかせたという事情もあって、さすがの日高さんも「さあ、どういう展開になるのだろう?」と驚いてしまったという。

「こころ」っていったい何だろう。脳が「こころ」を作っているなら、何も人間だけでなく、どんな動物にだって「こころ」はあるはず。じゃあ、動物と人間の違いって何だろう? 人間っていったいどういう動物なんだろう?

動物学者の日高さんは、「人間について」という抽象的なテーマから出発しながらも、次第に筋道だった、自然科学的な問いかけへと話を展開していく。たとえば、「脳より足が大事だった」という文章で、日高さんはこんなことを書いている。

 ぼくが衝撃を受けたのは、十代の終わりごろに読んだ一冊の本だった。
 人間がサルから進化して人間になったのは確かだけれど、ではどこから人間になったのかをきめようとするとむずかしい。いろいろ考えながら研究していくと、大事なのは脳ではなくて足だということになる。太ももの大腿骨がまっすぐになって、直立して歩けるようになったとき、人間は人間になったのだといえる。類人猿や人間に近いゴリラやチンパンジーでさえ、大腿骨が曲がっており、直立して歩いてはいないからだ。
 この本にはこういうことが書いてあった。
 ぼくは本当にびっくりした。脳より足が大事だなんて、それまで考えたこともなかったからである。
 でも、まっすぐ立って二本足で歩くなんてたいしたことではないじゃないか。鳥なんてみんな二本足で歩いている。
 けれどぼくはまたべつの本で、人間がまっすぐ立って歩くようになるには、体のたいへんな改造が必要だったということを読んだ。四つ足で歩いている動物たちは、その状態で頭が前を向いている。そういう動物がそのままえいっとまっすぐ立ったらどうなるか? 頭は真上を向いてしまうだろう。
 でも人間はちがう。体はまっすぐ立っているのに頭というか顔はちゃんと前を向いているのだ。(一部中略)

この日高さんの文章を受けて、篠田さんはこんな原稿を書いている。

 なんであんなことをしたのかわからない。子供のころ、四つ足で部屋の中を何周もしたことがある。もちろん手足の長さがそろっていないから、膝をつく。
 それでは不器用な四つ足歩行をしてどこが辛かったか? 膝や腕ではない。首だ。前を向くために上に曲げているからだけではない。下を向いていても痛くなる。自分の頭が意外に重いことを知った。
 とはいえ、背筋を伸ばした直立姿勢はなかなか難しい。人から美しく見られたいという見栄があればこそ、意識して人間らしい直立スタイルをとるが、くたびれて人目なんぞどうでもよくなると、アゴを突き出し、両肩を前に出し、我ながら限りなくオランウータンに近づいてくる。しかしこの類人猿スタイルもやってみればわかるが、四つ足と同じで長くは続けられない。首や肩や背筋が痛み出し、そのまま年をとれば腰がやられる。
 こうしてみると直立するというのは、大改造された体で、絶え間ない訓練と修正をしながら危ういバランスを保っているスタイルではないか、と思えてくるがどうだろう。(一部中略)

この他にも、ニューカレドニアのレストランで「脳を食べた」という体験談、はたまた縄文時代の「勝ち組」は誰だったか、という考察など、びっくりするような視点から往復エッセーを肉付けしていくのが篠田さんの役回りだ。
学者と作家。観察者と表現者。ページが進むにつれて、それぞれの役柄の違いがモロに現れ、ぶつかり合っていくのがよく分かる。ティーンエイジャーの読者(あくまで、想定上は)の前で、何だか大人気ないほどのバトルを繰り広げる二人の、名人芸のようなセッションを楽しめる一冊だ。
posted by ふらら at 10:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 いきもの・植物・空 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月06日

猛毒を愛でる人〜植松 黎『毒草を食べてみた』より

毒草を食べてみた毒草を食べてみた
植松 黎

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ある日、私が図書館で立ち読みしていた本を見て、「なんでそんな本読んでるの?」と主人が不思議そうな顔をした。それもそのはず、その本は、事故や犯罪や陰謀のために、猛毒のある草を食べてしまった人たちのエピソード集だったから。
目次を見ると、トリカブト、ドクゼリ、ヒガンバナなど、よく知られた毒草に混じって、「あれに毒が?」と思うような植物の名前も並んでいる。クリスマスには欠かせないポインセチアや、元日花といわれるフクジュソウも、そんな「意外な毒草」の仲間らしい。「心臓病に効く」と信じてフクジュソウの煎じ汁を飲んだAさんは、数時間後に不整脈のために亡くなったという。毒草と薬草とを隔てる境界線は、思っていたよりも危ういものなのかもしれない。

筆者の植松黎さんは、カリフォルニア大学に勤めていた頃に毒草に興味を持って以来、植物や毒についての文章を書き続けているという人だ。こうも毒草にこだわってしまう理由について、植松さんは同書の前書きにこんなことを書いている。

 かつて、「毒草の誘惑」という本を出したとき、ほとんどの人から「なぜ、毒草に興味を」と質問された。多くの人にとって、毒草は今もって毒殺などをひきおこす禍々しい存在である。しかし、毒草は、はたして邪悪なのだろうか。
 たとえば、ジギタリスという植物は心臓毒をもっているのだが、それを薬として正しく使えば、心筋にくっついて収縮力をたかめ、弱った心臓の筋肉を強化する働きがある。こんな素晴らしい毒草があるだろうか。
 いったい、いつ、だれが、どうやって、最初にこの植物の秘密をかぎだしたのだろう。そのときにはどんなドラマが生まれたのか、私の興味はそうした植物と人間の関わりである、いわば「植物民俗学」にあった。そして、いつしか頭のなかは、その植物がもっとも輝かしかった時代にタイムスリップし、毒草たちとともに旅をしているのだった。(一部中略)

カリフォルニア大学と薬草、という組み合わせからは、あのカルロス・カスタネダのドンファン・シリーズと、そこからブームとなったペヨーテという幻覚植物のことを連想する。もっとも植松さんにとっては、ペヨーテに限らず、精神や体に目覚しい作用を及ぼすあらゆる植物と、人との出会いそのものが興味の的らしい。

そんな植松さんは、あのケシの花についても独特の思いを抱いているようだ。今では麻薬の代名詞として、悪と退廃のイメージがすっかり染み付いてしまったアヘンだけれど、古代のギリシャ神話の中では、あらゆる苦悩を和らげてくれる豊穣の女神の贈り物として描かれていたという。

 ほぼ二十五万年という人類の歴史において、痛みの恐怖や不安に苦しめられなかった時代はなかった。怪我であれ、病気であれ、暴力的な痛みというものは、私たちから人間性をうばい、生きることそのものを耐え難くしてしまう。
 しかし、アヘンには、そうした不幸から人間性をとりもどす力がひそんでいる。
 かつては、末期ガンの患者がどれほどの痛みを訴えても、強力な鎮痛作用をもつモルヒネを決してあたえない医者が多かった。麻薬中毒になる、というのがその理由だった。しかし、ガン患者がモルヒネを常用しても麻薬中毒に陥らないことはWHOの統計にもあらわれている。そのため、モルヒネの使用は奨励されるようにさえなった。使い方さえ誤らなければ、私たちはその不思議な恩恵だけを享受できるのだ。約三十万種もある高等植物の中で、モルヒネをふくんでいるのは、唯一ケシだけである。(一部中略)

同書ではまた、かつて清朝を滅ぼした恐ろしい「アヘン禍」のことや、現代の麻薬密売人の実態などもありのままに説明されている。アヘンの良悪両面を熟知した上で、「ケシは誕生のその瞬間から、唯一無比の植物として存在してきた。それを『神の恵み』とするか、『醜い堕落の象徴』とするかは、私たち人間の手にゆだねられている」とする植松さんの言葉は重い。
他にも、正倉院からひそかに持ち出された中国渡来の毒草、リビングストンがアフリカで出会った矢毒文化、LSDを生んだバッカク菌の正体など、植松さんが誤解を恐れず紹介してくれた数々のエピソードによって、長く人とかかわり続けてきた毒/薬草の不思議な歴史が見える一冊。
タグ:植松 黎 毒草
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2006年10月18日

命ある空洞、森の思想〜『巨樹を見に行く』より

巨樹を見に行く―千年の生命との出会い巨樹を見に行く―千年の生命との出会い
梅原 猛 C.W. ニコル 宮崎 駿

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毎日のように秋晴れが続いているのに、忙しすぎるというのはちょっと妙な気分だ。窓の向こうの青空を見ながら仕事をしていると、ふと何もかも放り出して散歩に出かけたくなってしまう。近所の公園にある大きな樟の下で、本を読んだら気分がいいだろうな。のんびりと木漏れ日を見上げながら、芝生の上で手足を伸ばしたい…。けれども、なかなか出かける暇がないものだから、とりあえずこの本を開いてみる。

屋久島の縄文杉をはじめ、原生林のブナや鎮守の森の大銀杏、日本三大桜など、全国にある巨樹・名木82本を厳選して紹介した写真集。それぞれの木までの簡単なアクセスもついている。「ほとんどの樹は交通が不便な所にありますので、最後は徒歩となりますが、汗をかいて歩くほど巨樹との対面の喜びは増すはず」という注記つき。ますます出かけてみたくなってくる。

ところどころに挿入された解説やエッセイもおもしろい。たとえば、古い樹にぽっかりと穴が開いているのを見るたびに、これでどうして生きていられるんだろう、と疑問に思っていたけれど、本書の「樹の不思議」というコーナーには、こんな解説があった。

 光合成によって葉でつくられた物質は、師部という大切な部分を通して植物の体の各部に運ばれているが、その大切な師部は樹の皮の部分に含まれている。そのため皮の部分をはぎとってしまうと、その植物は生きていくことができなくなる。これに対して茎の中心部は、動物でいえば肉のような部分であるから、少しくらい欠けても生きていくことができる。巨木の中心部が枯れていたり、穴があいても生きていられるのはそのためである。

なるほど、と思った。枯れて空洞になっているようでも、根がしっかりしている樹では、幹からまた芽が伸びてきて、新しい株が分かれていくという(「株立ち」と呼ばれる)。こうして、一つの根の上で何度も世代交代が起こるために、樹には一本の寿命というものがあってないようなものなのだそうだ。
痛んだ樹を治療する「樹木医」の世界でも、古木にあいた空洞はコンクリートなどで埋めてしまうのが普通だった。けれど、生命力の強い木なら、そうした手荒な外科手術は避けて、土壌改良で回復を促した方がよいことが分かり、治療法が変わってきているのだという(別冊太陽『樹木詣で』より)。

そういえば、本書の巻頭では、梅原猛さんが「森の思想」というタイトルでこんな文章を書いている。

…日本で巨樹というと樟が多く、佐賀県の武雄市にも三本の巨樹があります。なかでも、行基仏が彫られているという伝承のある川古の大樟は印象的です。縄文杉はまだ比較的強いが、川古の大樟の内部はほとんど空洞になっている。ああいう大木を見ると、生の本質は死をつつみこむことだと思います。生というものは死を含んでいる。死をつつみこんで生のほうがかろうじて勝っているのだと。我々の生命も本当は死をつつんでいる。睡眠は一種の死ですから、毎日、生の中に死を孕んでいる。それが本当の生です。樟の巨樹が外側の一枚がわで生きているのを見ると、死、再生を続けているのが生命だということを教えられます。

木陰に立って巨樹を見上げたときには、まず圧倒されるような思いがあって、その後だんだんと安らぐような心地よさを覚える。あれは、相手がただのモノではなくて、生きているからこそ味わえる感覚だと思っていた。
けれども、それだけではなかったのかもしれない。あのごわごわとした樹皮に支えられて、多くの齢を重ねているものは、枯れた主幹やら、そこから「株立ち」した支幹やらで構成された、命あれば死もある大家族なのだった。
タグ:梅原 猛 巨樹
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2006年12月09日

次元の旅、揺らめく「宇宙のソト」〜アニリール・セルカン『宇宙エレベーター』より

宇宙エレベーター宇宙エレベーター
アニリール・セルカン

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子どもの頃、近所に工作好きのお兄さんがいて、みんなの尊敬を集めていた。身近な材料で器用にボートの模型を作り、モーターを取り付けて、池で操縦してみせてくれたりするのだ。
学研の「科学」の付録で手ごわいのがあると、よくこのお兄さんに頼んで組み立ててもらっていた。ある日、作りかけの「電動クワガタ」を持って行ったら、「わあ、これはもうどうしようもないわ。配線が無茶苦茶になっとる」と言い渡され、ショックを受けた。出来上がれば足が動くはずの優れものだったのだけれど、それだけ組み立てるのは難しくて、悪戦苦闘したあげくのことだったのだ。
それでも、時間をかけて修理に取り組んでくれたお兄さんのおかげで、クワガタは無事に動くようになった。ちょっと口の悪いところはあったけれど、腕が良くて(?)、とても頼もしいお兄さんだった。

この『宇宙エレベーター』を読んでいて、そんなお兄さんのことをふと思い出した。著者のアニリール・セルカンさんも、同じように工作好きな科学少年で、スクラップ工場に転がっている廃材を持ち出しては、いろんな実験や発明を試みていたという。中でも思い出に残っているのは、15歳のときに作った「タイムマシン」のことらしい。

NASAを始め、各国の宇宙開発に参加してきた物理学者で、トルコ人初の宇宙飛行士候補でもあるセルカンさんは、9歳のとき、小学生科学コンテストで優勝したのをきっかけに、科学者への道を歩み始める。ところが、スイスに留学したセルカン少年を待っていたのは思わぬ挫折だった。寮での悪ふざけが過ぎて、ボヤ騒ぎを起こしてしまった彼は、仲間ともども退学処分を受けてしまったのだ。

ちょうど高校を卒業する1年半前とタイミングも悪く、学期が変わる関係で転校すらできない僕は、半年間することがない。しょうがないので両親の元に帰って、母の美味しいご飯を食べながら毎日ふらふらしていた。
せっかく親元から離れて、自由気ままな寮暮らしだったのに、またキチンと部屋を片づけ、洋服を整理し、朝ご飯の時間を守らなければならない生活に逆戻りなんて!! 何より最悪だったのは、夜遅くなる前に帰宅しなければならないことだ。
結局、何をするでもなく、ボーッとただテレビを見ているだけの毎日を過ごしていた。

ところが、そんなテレビ番組に、セルカン少年の心を引き付ける一人のヒーローが登場する。タイムマシンを駆使して、悪いタイムトラベラーから歴史を守る「タイムコップ」という警官だった。
「俺、タイムマシン造るけど、来る?」
そんなセルカン少年の誘いは、仲間内に口コミで広がっていき、一緒に学校を辞めた子のほとんどが集まってきた。
タイムマシンを造るには、乗組員を光速で運ぶための「電子加速装置」を設計する必要がある。セルカンたちは、近所に住んでいた物理学者にアドバイスをもらい、「ソジウム22」という物質を使ってエネルギーを作り出す計画を立てた。ところが、そのためには「40kmもの長い銅線で造った巨大な電気コイル」を作らなければならない。そんな超特大サイズの電気コイルを、いったいどうやって作ればいいんだろう?

 その悩みを聞いて、この大実験を応援してくれていた両親が近所のサッカー場の管理人に話をつけ、グラウンド自体にコイルを巻いて大きな磁石にできるよう取りはからってくれた。33kmものワイヤーをサッカー場の回りに巻きつけるという前代未聞の作業には、2週間を要した。
 完成した電子加速装置ベタトロンの重さは150kg、力は230万V(ボルト)。話を聞きつけた新聞社なども含め、実験当日にはなんと総勢600人もの人がサッカー場に集まっていた。
 タイムマシンの乗組員は弟だ。
「すごく頑張ったからだよ」と本人には言ってあったが、本当は別の危険な理由があったからだ(その理由は、前項*を読んでいたら、もうわかるよね)。
 装置が稼動し、地球の磁界の2万倍にも当たる、ものすごいエネルギーが放出された。

けれども残念ながら、この「タイムトラベル」は失敗に終わった。期待が大きかった分、セルカン少年たちはすっかり意気消沈するのだけれども、その時、フィンランドからわざわざ実験を見に来てくれた友達のお父さんが、こんな言葉をかけてくれたという。

「なんで悲しむ必要があるんだい? タイムマシンは完成していたじゃないか」
「見てください、完成なんてしていないじゃないですか。実験は失敗です」
「そうじゃないよ。このタイムマシンを造った時、『過去』に戻って、学校で習ったことをしっかり思い出し、『今』という時間に精一杯準備をして、『未来』に向かって何をしていかなければならないか、考えたんだろう?
 つまり君たち一人ひとりが『過去』から『現在』、『未来』へと時を越えたタイムマシンになった、っていうことさ。大人にはできない旅だったね」

「そのコトバは、僕の胸に永遠に刻み込まれた」と、セルカンさんは書いている。やがて成人したセルカンさんは、タイムマシンを製作したのと同じ仲間たちと一緒に、「11次元宇宙理論」という論文を書き上げた。それは、「宇宙は10次元でできている」という現在科学の考え方に、さらにもう一つ上の11次元、つまりは「宇宙のまた一つ外側の、宇宙のソト」という概念をプラスしたものだった…

子どもの頃のタイムトラベルの夢から出発して、宇宙のソトに揺らめく別の宇宙、という発想にたどりつくまでの物語は、「原子より小さな世界」「伸び縮みする宇宙」など、魅力的なイメージに満ちていてすごくおもしろい。帯に『創造力で見つめた宇宙…21世紀のガリバー旅行記』とあるのも、なるほどなあ、とうなずける楽しい一冊。


*セルカン少年たちが、「電子加速装置」を作るために利用しようとした、「対消滅」というエネルギーのこと。その規模は桁違いだけれど、それだけ危険も大きかった。
『…時空を超えるほどのエネルギーを出すには、反物質をうまく利用する必要があるらしい。反物質とは、物質がもともと持っている質量や、エネルギーの回転はまったく同じなのにもかかわらず、それを構成している素粒子や電荷はまったく反対の性質を持つものを指す。プラスとマイナスを足すと0になるように、物質と反物質がくっつくと「対消滅」という現象を起こし、その瞬間、物質の質量がエネルギーに変化して、物質自体は消えてなくなってしまうのだ。
この「対消滅」で出るエネルギーたるや相当なもので、例えば1kgの物質と反物質をぶつけるだけで、1台の車を10万年もの間動かし続けられるし、対消滅させると大都市の一日分のエネルギーが発生することとなる。』
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2006年12月12日

見えない敵とパチンコ台〜畑正憲『命に恋して』より

命に恋して―さよなら「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」命に恋して―さよなら「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」
畑 正憲

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北海道から東京へと思いがけない引越しをして、話題になっていた「ムツゴロウ動物王国」が、先月末に破産したらしい。やっぱり東京での王国経営はきつかったのか、動物たちは元気かなあ、と思っていると、映画『名犬ラッシー』の特別試写会に、ムツゴロウさんが犬連れで登場、というニュースが流れた。丸々とした子犬を膝の上に乗せて、「動物を飢えさせない『アニマルファースト』が私の哲学。自分が食べられなくても動物は食べさせる」と語ったムツゴロウさん。さすがだなあ、と思った。

この『命に恋して』は、今から5年前、長年続いたテレビ番組「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」が終了すると同時に出版された。もともとは、分子レベルの生物学が専門だったという畑さんが、どのようにして生身の動物たちと出会い、あのテレビシリーズに携わるようになったのかが詳しく語られている。
「語られている」というのは、この本の場合、比喩ではなくて文字通りの意味だ。シリーズ終了直前のロケで、ライオンに指先を噛み切られてしまった畑さんは、痛みのために筆記用具を握ることができなくなってしまった。やむなく音声入力のソフトを使い始め、最初に仕上がったのがこの本だったそうだ。
命に関わるような危険に遭遇したのは、このライオン事件の時だけではなかったという畑さん。『命に恋して』の冒頭で描かれているのも、サンパウロのレストランで突然倒れ、病院に担ぎ込まれたときの臨死体験らしい。

 もういいな、ごくろうさまでしたと、自分の中から声がした。このままさよならをして、どこかへ消えていきたい。消えたって、不満は全くなかった。何もかも十分にやり尽くしたという感じがあった。空中に浮かんでいる私が私を見ている。その顔には飛鳥時代の仏像に見られるような静かな微笑があった。
 動物王国を持って以来、私は熱く熱せられたフライパンの上にいるネズミだった。ほっとできる時は、全くなかった。次から次に、いろいろな苦難が押し寄せてきた。そのたびに、普通の生活をしていたら、こんなことは味わわなくてよかったのにと思った。けれども、放り出してしまう気には一度だってならなかった。このやろうと気を張って、常に闘ってきた。それは、目に見えない敵だった。相手が目の前にいるのだったら、武者振りついて押し倒すことだってできる。でも、全く見えない敵と戦うのは、もどかしく、闘志が萎えそうになることもしばしばだった。

原因は、心配していた心筋梗塞ではなかった。それでも発作は繰り返され、世界各地の旅先で畑さんは意識を失い続けた。興味を持った現地の医者が、ありとあらゆる検査を駆使して調べたところ、意外な結果が出たという。

「あなたは、若い頃、無理を重ねていますね」
「はい。徹夜が趣味みたいに大好きでした」
「そうでしょう。ひとつでは間に合わなくなり、ペースメーカーがもうひとつ、心臓の中にできてしまっています」
「へーえ、そんなことがあるのですか」
 ペースメーカーの新生なんて、初めて耳にすることだった。よく知られているように、ペースメーカーは心臓の筋肉に電気的信号を送り続けている。それが二つあると、信号がバッティングして不整脈や頻脈の原因になるのだという。

ほかにも、得体の知れない現地の酒をあおって急性アルコール中毒になったり、過剰なストレスがたたって胃を切除したりと、常に満身創痍だったという畑さん。顔をくしゃくしゃにして動物と戯れている、優しげな「ムツゴロウさん」の姿からは想像もできない、強烈な舞台裏のエピソードだ。
しかも、そこで全くひるまないのがこの人のすごいところだと思う。心臓発作が度重なっても、体を休めるどころか、「このままでは薬に負けてしまう」と、命綱のピルケースをゴミ箱に放り込んで、地の果てのアラスカへと旅立ってしまう。

 半年ぶりのアラスカだった。清冽な大気。温かい家族。私の心は全開し有頂天になっていた。こうなると体のことなど忘れてしまうのが、私の突拍子もないところである。つまりはアホだ。細心の注意を払わなければならないのに、ジョージに合わせて飲みそして食べた。そして倒れた。
 頻脈、そして不整脈。
(中略)
 人には、元気な時には感じられないものがたくさんある。乗馬を三十年続けていると、しみじみそう思う。馬とのやりとりとか、馬と折り合いをつけるとか、人馬一体とかいうけれど、馬の背にまたがっていて馬と心の交流を持つのは、やさしいことではない。若い頃はほとんどそうだったのだが、こちらが元気旺盛で、まるで夏の太陽みたいな精神状態の時は、自分本位で突っ走る。つまり、イケイケという感じであり、馬には乗っているのだけれど、馬という生き物の千変万化する心の有り様を感知していないのである。
 ところが、風邪をひいていたり、骨折の痛みを抱えていたり、心に鬱屈があったりすると、乗り始めた時にかすかな違和感が生じ、馬と折り合いをつけるのに多少時間がかかる。おいおい、どうしたのだと、馬が語りかけてくる。それは、ごくごく微小な心の波動であり、元気いっぱいの人には受け取れないものである。健康状態が思わしくないというのは、その人にとっては弱点であろう。その弱点を通してこそ、水が浸入してくる。命のすごさは、実はここにあると私は思う。つながり合い、絡み合い、もみくちゃになって存在している中で、お互いの存在をより光らせるために極小の電波を発信している。馬が、こちらの不調に対して問いかけるのは、人間が使っている辞書には載っていない原始的な"やさしさ"なのだろうと私は確信している。強がりを言うわけではないが、いろんな事件に体と心をぶっつけ、絶えず傷だらけであったことを、動物や自然の交流ということに関してだったら、恵まれた、よかったなと私は自分の運命に感謝している。

そんな畑さんの闘いは今でも続いている。「東京動物王国」を破綻させた運営会社には怒り心頭で、「はらわたが煮えくり返るね。運営はオレがやるしかない」と息巻いているそうだ。71歳の畑さんが新たに抱え込んだのは、従業員への給料未払いなど、王国をめぐる数々の疑惑、そして約8億円の負債…。
先日は、なんと「ムツゴロウのパチンコ台が出た」というニュースが流れた。「あの人やったら、8億ぐらいすぐに稼げそうやな」と主人が言う。「でもなあ、8億やで」と答えた私も、『命に恋して』を読んだ後は、ひょっとしたらその通りかもしれない、と思い始めている。どんな苦境も、持ち前の運と体当たりで乗り越えてきた、不撓不屈のムツゴロウ・パワーが詰まった一冊。
タグ:畑 正憲
posted by ふらら at 09:54| Comment(2) | TrackBack(1) | 書評 いきもの・植物・空 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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