子どもの頃、近所に工作好きのお兄さんがいて、みんなの尊敬を集めていた。身近な材料で器用にボートの模型を作り、モーターを取り付けて、池で操縦してみせてくれたりするのだ。
学研の「科学」の付録で手ごわいのがあると、よくこのお兄さんに頼んで組み立ててもらっていた。ある日、作りかけの「電動クワガタ」を持って行ったら、「わあ、これはもうどうしようもないわ。配線が無茶苦茶になっとる」と言い渡され、ショックを受けた。出来上がれば足が動くはずの優れものだったのだけれど、それだけ組み立てるのは難しくて、悪戦苦闘したあげくのことだったのだ。
それでも、時間をかけて修理に取り組んでくれたお兄さんのおかげで、クワガタは無事に動くようになった。ちょっと口の悪いところはあったけれど、腕が良くて(?)、とても頼もしいお兄さんだった。
この『宇宙エレベーター』を読んでいて、そんなお兄さんのことをふと思い出した。著者のアニリール・セルカンさんも、同じように工作好きな科学少年で、スクラップ工場に転がっている廃材を持ち出しては、いろんな実験や発明を試みていたという。中でも思い出に残っているのは、15歳のときに作った「タイムマシン」のことらしい。
NASAを始め、各国の宇宙開発に参加してきた物理学者で、トルコ人初の宇宙飛行士候補でもあるセルカンさんは、9歳のとき、小学生科学コンテストで優勝したのをきっかけに、科学者への道を歩み始める。ところが、スイスに留学したセルカン少年を待っていたのは思わぬ挫折だった。寮での悪ふざけが過ぎて、ボヤ騒ぎを起こしてしまった彼は、仲間ともども退学処分を受けてしまったのだ。
ちょうど高校を卒業する1年半前とタイミングも悪く、学期が変わる関係で転校すらできない僕は、半年間することがない。しょうがないので両親の元に帰って、母の美味しいご飯を食べながら毎日ふらふらしていた。
せっかく親元から離れて、自由気ままな寮暮らしだったのに、またキチンと部屋を片づけ、洋服を整理し、朝ご飯の時間を守らなければならない生活に逆戻りなんて!! 何より最悪だったのは、夜遅くなる前に帰宅しなければならないことだ。
結局、何をするでもなく、ボーッとただテレビを見ているだけの毎日を過ごしていた。
ところが、そんなテレビ番組に、セルカン少年の心を引き付ける一人のヒーローが登場する。タイムマシンを駆使して、悪いタイムトラベラーから歴史を守る「タイムコップ」という警官だった。
「俺、タイムマシン造るけど、来る?」
そんなセルカン少年の誘いは、仲間内に口コミで広がっていき、一緒に学校を辞めた子のほとんどが集まってきた。
タイムマシンを造るには、乗組員を光速で運ぶための「電子加速装置」を設計する必要がある。セルカンたちは、近所に住んでいた物理学者にアドバイスをもらい、「ソジウム22」という物質を使ってエネルギーを作り出す計画を立てた。ところが、そのためには「40kmもの長い銅線で造った巨大な電気コイル」を作らなければならない。そんな超特大サイズの電気コイルを、いったいどうやって作ればいいんだろう?
その悩みを聞いて、この大実験を応援してくれていた両親が近所のサッカー場の管理人に話をつけ、グラウンド自体にコイルを巻いて大きな磁石にできるよう取りはからってくれた。33kmものワイヤーをサッカー場の回りに巻きつけるという前代未聞の作業には、2週間を要した。
完成した電子加速装置ベタトロンの重さは150kg、力は230万V(ボルト)。話を聞きつけた新聞社なども含め、実験当日にはなんと総勢600人もの人がサッカー場に集まっていた。
タイムマシンの乗組員は弟だ。
「すごく頑張ったからだよ」と本人には言ってあったが、本当は別の危険な理由があったからだ(その理由は、前項*を読んでいたら、もうわかるよね)。
装置が稼動し、地球の磁界の2万倍にも当たる、ものすごいエネルギーが放出された。
けれども残念ながら、この「タイムトラベル」は失敗に終わった。期待が大きかった分、セルカン少年たちはすっかり意気消沈するのだけれども、その時、フィンランドからわざわざ実験を見に来てくれた友達のお父さんが、こんな言葉をかけてくれたという。
「なんで悲しむ必要があるんだい? タイムマシンは完成していたじゃないか」
「見てください、完成なんてしていないじゃないですか。実験は失敗です」
「そうじゃないよ。このタイムマシンを造った時、『過去』に戻って、学校で習ったことをしっかり思い出し、『今』という時間に精一杯準備をして、『未来』に向かって何をしていかなければならないか、考えたんだろう?
つまり君たち一人ひとりが『過去』から『現在』、『未来』へと時を越えたタイムマシンになった、っていうことさ。大人にはできない旅だったね」
「そのコトバは、僕の胸に永遠に刻み込まれた」と、セルカンさんは書いている。やがて成人したセルカンさんは、タイムマシンを製作したのと同じ仲間たちと一緒に、「11次元宇宙理論」という論文を書き上げた。それは、「宇宙は10次元でできている」という現在科学の考え方に、さらにもう一つ上の11次元、つまりは「宇宙のまた一つ外側の、宇宙のソト」という概念をプラスしたものだった…
子どもの頃のタイムトラベルの夢から出発して、宇宙のソトに揺らめく別の宇宙、という発想にたどりつくまでの物語は、「原子より小さな世界」「伸び縮みする宇宙」など、魅力的なイメージに満ちていてすごくおもしろい。帯に『創造力で見つめた宇宙…21世紀のガリバー旅行記』とあるのも、なるほどなあ、とうなずける楽しい一冊。
*セルカン少年たちが、「電子加速装置」を作るために利用しようとした、「対消滅」というエネルギーのこと。その規模は桁違いだけれど、それだけ危険も大きかった。
『…時空を超えるほどのエネルギーを出すには、反物質をうまく利用する必要があるらしい。反物質とは、物質がもともと持っている質量や、エネルギーの回転はまったく同じなのにもかかわらず、それを構成している素粒子や電荷はまったく反対の性質を持つものを指す。プラスとマイナスを足すと0になるように、物質と反物質がくっつくと「対消滅」という現象を起こし、その瞬間、物質の質量がエネルギーに変化して、物質自体は消えてなくなってしまうのだ。
この「対消滅」で出るエネルギーたるや相当なもので、例えば1kgの物質と反物質をぶつけるだけで、1台の車を10万年もの間動かし続けられるし、対消滅させると大都市の一日分のエネルギーが発生することとなる。』