2006年07月22日

『さようなら』(谷川俊太郎詩選集より)

谷川俊太郎詩選集 (2)谷川俊太郎詩選集 (2)
谷川 俊太郎

集英社 2005-07-20
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谷川俊太郎の詩のことを知ったのは、たぶん学生の頃だったと思う。
初めて読んだのは、「ぼくもういかなきゃなんない…」のフレーズで始まる『さようなら』という詩だった。その語り口調から思い浮かぶのは、せいぜい小学生くらいの幼い少年だ。そのくせ、「すぐいかなきゃなんない」、「ひとりでいかなきゃなんない」、「どこへいくのかわからないけど」、「どうしてなのかしらないけど」と、不思議に真摯な訴えをしているのが印象的だった。
この詩を教えてくれた人は大学の先輩だった。「どうしてこの詩が好きなんですか」と尋ねても、うまくはぐらかすばかりで答えてくれない。やっと聞き出せたのは、「ラストの数行がいい」という一言。なんだか童謡のフレーズのような詩を読んでいる先輩の心境は、結局「謎」のままだった。

けれど、改めてこの詩を読み返してみると、「読めば分かるだろ」と言わんばかりだったあのときの先輩の思いが、手に取るように分かるような気になってくる。中でも、ラスト近くの数行を読むと、「ぼく」が「まだ幼い少年」だという当初の印象がすっと薄らいで、これから先の生き方のことを、ふと思い描いてみている誰かの横顔が、谷川さんのポートレートと重なるように浮かんでくるような気さえする。

よるになったらほしをみる
ひるはいろんなひととはなしをする
そしてきっといちばんすきなものをみつける
みつけたらたいせつにしてしぬまでいきる
だからとおくにいてもさびしくないよ
ぼくもういかなきゃなんない
当時のわたしは、初めて実家を離れて、大学近くのマンションに住み始めたばかりだった。何かにつけて随分と背伸びをしていて、それだけ心の中は老け込んでしまっていたのかもしれない。もちろん「ぼく」の心境を、「自分のこと」として素直に受け止めることなんてできなかった。

(この記事は、別ブログ「掘れたて本」から転載したものです)
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2006年07月24日

『黄金の魚』(谷川俊太郎「クレーの絵本」より)

クレーの絵本クレーの絵本
パウル・クレー 谷川 俊太郎

講談社 1995-10
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同じ頃、そうとは知らないうちに、谷川俊太郎を「歌っていた」こともあった。
入ったばかりの大学の合唱団で、わたしはアルトを歌っていた。入団後の数ヶ月は基礎トレばかりが続いたから、年末のコンサートで歌う組曲の楽譜をもらったときは、ようやく本格的な練習が始まったようでうれしかった。
組曲のタイトルは「クレーの絵本第2集」とあった。クレーといえば、独特のタッチの抽象画で知られるスイスの画家だ。きっと、彼の絵からイメージして作られた曲なんだろう、とは想像がついたけれど、一風変わっていたのがその歌詞だった。

おおきなさかなはおおきなくちで
ちゅうくらいのさかなをたべ
ちゅうくらいのさかなは
ちいさなさかなをたべ
ちいさなさかなは
もっとちいさな
さかなをたべ
食物連鎖?
いったいどんな絵から生まれた歌詞なんだろう。不思議に思って楽譜を見ると、曲のタイトルは『黄金の魚』とあった。ただ、題材となったクレーの絵についての説明は、どこにも見当たらなかった。
それから、毎日のように歌の練習を続けながら、団員のみんなが、『黄金の魚』の絵のことをあれこれとイメージしていたに違いない。ある日、アルトのパートリーダーが、当のクレーの絵が載っているという絵本を見つけてきてくれた。
「でも、この絵を見たときは、ちょっと複雑な気持ちだった」とパートリーダーは言った。「谷川さんの詞を歌いながら、自分なりに想像していたものとは違っていたし、でも、何だか懐かしいものを見たような気もするし」
谷川さん? 
あわてて組曲の楽譜を見直してみると、作詞者の名前は「谷川俊太郎」とあった。ああ、あの『さようなら』の詩の人だったんだ。そう気が付いてから曲を歌ってみると、いかにもそれはあの人が書きそうな詞のように思えた。

いのちはいのちをいけにえとして
ひかりかがやく
しあわせはふしあわせをやしないとして
はなひらく
どんなよろこびのふかいうみにも
ひとつぶのなみだが
とけていないということはない
クレーの『黄金の魚』を見た谷川さんは、いったいどうしてこんな詩を思い浮かべたんだろう。正直言ってよく分からない。絵の中央に描かれた黄金の魚が、谷川さんの言う「おおきなさかな」だったんだろうか。それとも、「もっとちいさなさかな」の方だったかもしれない。ひょっとしたら、谷川さんにとってはそのどちらでもなくて、ただ「ふかいうみ」にとけた「ひとつぶのなみだ」のように見えていたのかもしれない。

谷川さんの不思議な詩を「歌いこなす」のは、初心者にはかなりハードルの高い挑戦だった。でも、パートリーダーに絵を見せてもらったあの日以来、苦戦していたアルトの旋律が、ほんの少しだけ歌いやすくなったのは覚えている。

(この記事は、別ブログ「掘れたて本」から転載したものです)


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文芸・時評・芸能・旅行・精神etc 25時間目
『私の好きな詩』
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2006年09月27日

『ちいさな「くに」の雄大な想像力』〜リービ英雄「英語でよむ万葉集」(その1)

英語でよむ万葉集英語でよむ万葉集
リービ 英雄

岩波書店 2004-11
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万葉集の英訳で1982年に全米図書賞を受賞したリービ英雄さんが、主な約50首の対訳に、訳者ならではのエッセイを加えた一冊。

『英語でよむ万葉集』の「よむ」は「読む」でもあり、「詠む」でもある。「天の原」「不尽の高嶺」など、日本人なら常套句として読み流してしまいそうなことばに、リービさんは改めて疑問を抱く。時には、歌が作られたとされる当の場所に立ち、古の歌人になりかわって、大和ことばを英語で「詠もう」と試みている。

正直言って私には、万葉集の歌をそのまま味わうだけの読解力がない。この本で引用されているのはどれも名立たる歌だというのに、細部までよく意味を理解していた歌は少なかった。和歌の世界の広がりを、本書を通して垣間見ようというとき、リービさんの的確でプレーンな英訳や、歌との出会いがつづられたエッセイは大きなヒントになった。

たとえば、『ちいさな「くに」の雄大な想像力』という章では、天の香具山から国見をしたという舒明天皇の歌を「よむ」ために、飛鳥村を訪れたリービさんの体験が語られている。

 十九歳の秋にぼくはリュックに万葉集の古い文庫本を入れて大和に出かけた。もうすでにそんな旅をする人はほとんどいない時代だったのに、京都から奈良まで歩いた。十一世紀から八世紀へ、そしてやがては七世紀へと時間を「南下」する感覚で、古へ、さらに古へと動いた。
 いま振り返ると、あの頃は恥ずかしいくらい「外人」だった。自分がいつか日本語で創作するようになるとは夢にも思わず、とにかくはじめての大和の風景を、日本語がはじめて書かれた時代の、よく分からない膨大なテキストを手に、何とか「読もう」としていた。
 最後の日の午後、秋のやわらかな日が傾きはじめた時刻に、飛鳥村にたどりついた。

その飛鳥村で、リービさんは「天の香具山」を目指した。京都や奈良とは違って、壮大な建造物はないけれど、名歌によって知られた風景がそこかしこに散在する飛鳥の地。
『大和には「群山」があり、その一つひとつが表現の歴史の「主人公」なのだ。そのたくさんの山の中で、天皇が他ならぬ香具山に登って、その頂上から国見をする…』

…天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は 煙立ち立つ 海原は かまめ立ち立つ…

眼下に広がる大和の国と、かなたに波打つ海原…そんなスケールの大きい光景を思い描きながら、リービさんは香具山のふもとにたどり着く。

実際の香具山は小さかった。mountain(山)よりもhill(丘)を少し大きくしたくらいのものだった。風景も雄大とは言えない。そしてどこにも「海原」はなく、「かまめ」が飛び立つはずもない。その日、ぼくはある種の失望を感じた。
(その2につづく)

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Hiroetteのブログ
『「ニッポンを解剖する」の感想&メモ書き ―リービ英雄 前編―』
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2006年09月30日

『「天」の性質をもった美しい丘』〜リービ英雄「英語でよむ万葉集」(その2)

それでも、古の歌に詠まれた雄大な「国見」のイメージは、リービさんの胸中から消えなかった。やがて、幻の「天の香具山」への思いは、当の歌の英訳となって結実していく。

  国原は 煙立ち立つ 海原は かまめ立ち立つ

  On the plain of land,
  smoke from the hearths rises, rises.
  On the plain of waters,
  gulls rise one after another.

日本語を読み返し、英語にそれを置きかえる。その作業をしているうちに、小さな風景とはうらはらに、雄大で厳かな対句が頭に響き、そこには陸と海をかかえた大きく構造的な想像力がはたらいているのが分かった。

実際の自然をこえて自然を歌う、というのはとても逆説的な行為かもしれない。けれど、何の変哲もない風景から、「ことばそのもののスケール」を生み出した歌人の表現力に、リービさんは圧倒されるものを感じたという。そんな思いの表れか、リービさんは、「天の香具山」を heavenly Kagu Hill と表現している。どんな山よりも高い、「天の性質をもった美しい丘」と。

英訳を通じて、飛鳥時代の日本語の豊かなニュアンスを、リービさんは現代によみがえらせてくれている。古典に疎い私は、国原に立っていたという「煙」が、smoke from the hearths(炉辺から立つ煙)だったことに、リービさんの訳を読んで初めて気が付いたくらいだけれど。時には、何気ない日常語の中にも、思ってもみない解釈が眠っている可能性を教えられ、新鮮な驚きを感じた。

たとえば、春を迎えたばかりの山の眺めを詠んだ額田王の歌に、リービさんは「抑制されたエネルギーの解放」を読み取ろうとしている。

 冬ごもり 春去り来れば 鳴かざりし 鳥も来鳴きぬ 咲かざりし 花も咲けれど…

この「花が咲く」という一節に、リービさんはこだわった。

  …and flowers that lay unopening
   split into blossoms

とくに花が「咲く」ということは、「裂く」というエネルギーの活動をはらんでいるので、単なる bloom よりも split into blossoms、「花へとさく」、という表現になってしまう。

リービさんの言う通り、確かに「花がさく」という言葉には、内に潜んでいたものを一挙に解放する、「裂く」、という意味合いが込められているような気がする。

古今和歌集とは違って、凝った技巧のない素朴さが特徴、とどこかで教わった覚えがある万葉集。その中から、時に大掛かりで、時に繊細な想像力を解放してみせてくれるリービさんの訳は、的確でありながら、自由奔放な意外性にあふれているようだった。

Man’yo Luster―万葉集Man’yo Luster―万葉集
リービ 英雄

ピエブックス 2002-02
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2006年10月27日

「腹の底にとどく、本音の言葉」を求めて〜『ニッポンを解剖する』より

ニッポンを解剖する―養老孟司対談集ニッポンを解剖する―養老孟司対談集
養老 孟司

講談社 2006-03
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ケセン語という言葉がある。使用人口はわずか8万人足らず。岩手県の気仙(けせん)地方で話されている、いわゆる「東北弁」を体系化したものだ。

ケセン語の生みの親は、同地方で育った山浦玄嗣さん。本職である医業のかたわら、故郷の言葉の研究に取り組んできた山浦さんは、東北弁特有の発音を表すために、まず独自の文字を開発。25年の歳月をかけて、見出し語3万4000語、2800ページの『ケセン語大辞典』を完成させた。まさにライフワークとなったケセン語の由来について、山浦さんはこう話している。

ご存知のとおり、東北の言葉はズーズー弁といわれて、われわれは長い間、それはそれは悔しい思いをしてきました。とくに私が小学生のころ、国の教育方針は「方言撲滅」で、標準語こそ、唯一の正しく美しい言葉であり、方言をしゃべる者は無教養な愚か者だと言われていたんです。それが悔しくて、大人になって医者をするかたわら、気仙地方の言葉の研究を始めたんですけど、自分の言葉を「方言」なんていうケチな名前で呼びたくない。それで、「これは、日本語とも、フランス語とも対等の『ケセン語』だ」といったら、東大の教授をしておられた私の先輩がケセン語を「セケン語」と読みちがえまして。いや、まったくそのとおり、私は、私の「世間語」であるケセンの言葉で、自分の気持をきちんと表したいと思ったわけなんです。

ケセン語の文法理論をまとめあげた山浦さんは、その後、新約聖書のケセン語訳に取り掛かった。東北地方では珍しい、「生まれついてのヤソだった」という山浦さん。ケセン語を研究しようと思い立ったのも、もともと自分たちの言葉で書かれた聖書を作るためだったという。

いま教会でつかわれている言葉というのはおよそ日本語ではない、じつに奇妙な言葉が多いわけです。たとえば、「救いは神を畏れる人に近く、栄光はわたしたちの地に住む」。「栄光は地に住む」なんて、日本語として意味が通じないですね。「地は豊かに実る」というのもありますけれど、実るのは米やくだものであって「地」ではない。「わたしは生まれたときから悪に沈み、母の胎に宿ったときから罪に汚れている」なんて、何かの妄想じゃあるまいし(笑)。
こんなおかしな日本語でお祈りして、わかったような気になっているのはおかしい。ですから、これをなんとか自分たちにとって当たり前の言葉、ちゃんと腹の底にとどく、本音の言葉にしたいと思ったんです。(一部中略)

標準語訳の聖書をケセン語に直すだけではあきたらなかった山浦さんは、ギリシャ語の原典にまでさかのぼり、一から解読に取り組んだ。
やがて、『ケセン語訳新約聖書』が完成。そこでは、意味の分かりにくい「漢語」は全て、耳で理解できる平仮名の言葉に直されていた。「預言者」は「みこともち」、「天国」は「神様のお取り仕切り」、「洗礼」は「お水くぐり」といった調子だ。キリスト教の象徴のように思われている「愛」という言葉についても、「生活感がないので大キライです」と山浦さんは言い切る。

私、ずいぶん調べたんです、愛という言葉。世界最大の日本語辞典だという小学館の『日本国語大辞典』を見ると、愛するとは「自己本位的感情」とある。自己本位的な感情というのは、めんこいのはいいけどブスはイヤ、しかも、その「めんこい」と「ブス」の基準は自分のなかにあるというものです。つねに上から下への感情で、目下から目上に向かって使うことはない。まして、神様に対して使うなんてありえない。
だいたい、ヒゲ面のイエスとペトロが、「あなたは、私を愛するか」「主よ、あなたを愛します」なんて気持悪い(笑)。私の訳は、「おれを大事に思うか」「はあ、旦那様、おれァおめァ様に惚れておりゃす」。これなら、わかります。ケセンでは、男も男に惚れますから。(一部中略)

     ***

この『ニッポンを解剖する』は、もともとリービ英雄さんと養老さんとの対談が読みたくて買った本だった。けれど、他のラインナップも相当に粒ぞろいで、どの人の話を読んでもすごく面白い。上記の山浦さんしかり、瀬戸内寂聴さんしかり。他にも、干ばつに苦しむアフガニスタンの村で、水路を引く現場監督として慕われ、「アフガニスタンの方が日本より自由だ」と語る中村哲医師や、六十歳で政界を退いた後、念願の晴耕雨読の生活を楽しんでいる細川元首相などが登場する。
活字も大きめなので、ちょっとした空き時間にするするっと読める。気分転換にはぴったりの一冊。
posted by ふらら at 10:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 ことば・詩・物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月30日

「僕」の誕生、内なる記憶の世界〜『ハルキ・ムラカミと言葉の音楽』

ハルキ・ムラカミと言葉の音楽ハルキ・ムラカミと言葉の音楽
ジェイ・ルービン 畔柳 和代

新潮社 2006-09-28
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20年前、初めて読んだ村上作品は『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』だった。当時、村上春樹の大ファンだった友達がいて、ほとんどの作品をその子から借りて読んでいた。その一冊目が、確かあの『世界の終り…』だったように思うのだ。
ピンク色の装丁に、奇妙な抽象画(村上氏自身の作だと後で知った)が描かれたハードカバーの『世界の終り…』は、たちまち私の愛読本の一つとなった。勢い余って『世界の終り…』をめぐる評論本にも手をのばしたけれど、そちらの方は今ひとつピンとこなかった。村上作品は、理屈ぬきで楽しめるエンターティメントなんだから、わざわざ小難しい解釈をつけて何になる…というのが、当時の私の青臭い反発の理由だった。以来、食わず嫌いを起こした私は、村上作品についての評論の類を一切読まなくなった。だから、この『ハルキ・ムラカミと言葉の音楽』は、私にとって20年ぶりに接する村上春樹論ということになる。
ノーベル賞がらみの話題につられて読み始めた本書だけれど、その面白さには正直びっくりした。村上作品そのものをあまり読まなくなって久しいせいか、処女作の『風の歌を聴け』から始まって、代表作のストーリーを年代順に丁寧に追っていくジェイ・ルービン氏の書評を読むうちに、何ともいえない懐かしさがこみ上げてくるのだ。
村上春樹の個人史や、創作の際の裏事情などが平行して紹介されているのもうれしい。たとえば、『世界の終りと…』については、村上氏自身のこんな言葉が引用されている。

 僕は次に『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』という長い題名の小説を書きました。日本の編集者は長すぎるので『世界の終り』だけにしてくれと言いましたし、アメリカの編集者は『ハードボイルド・ワンダーランド』だけにしてくれと言いました。翻訳をしたアルフレッド・バーンバウムは馬鹿げたタイトルだから全然別のものにしてくれと言いました。でも僕は『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』という題を変えることは絶対にしませんでした。これはあるいは長くて馬鹿げた題かもしれないけれど、これ以外にどのような題も思いつけなかったからです。
 この話は『世界の終り』という話と、『ハードボイルド・ワンダーランド』という話がかわりばんこに出てくる仕組みになっています。そしてそのまったく傾向の違うふたつの別の話が最後にひとつに重なるわけです。このような手法は、ミステリーやSF小説の分野ではよく使われている手法だと思います。たとえばケン・フォレットがよく使っています。僕は一度そういう手法を使って大がかりな作品を書いてみたかったのです…
 さて、この二つの小説がどのようにして最後に重なりあうのか、読者にはなかなか分からないような仕掛けになっています。実を言うと、書きはじめたときには、そのふたつがどういう風に重なりあうのか、僕にもまったくわからなかったのです。信じられないことですが、小説の半分を書きおえた時点でも、僕にはぜんぜん見当がつきませんでした。これは本当にゲームのような作業でした。スリリングであり、予想不可能な作業でした。そして書き終わったときには本当にくたくたに疲れたし、もう当分こんな書き方はしたくないと思いました。

こうした村上作品の「スポンティニアスな」成り立ちについては、ジェイ・ルービン氏も大いに注目している。さらに同氏は、作者自身も無自覚なうちに「内なる記憶の世界」から掘り起こされ、村上ワールドを形作っていく重要なキーワードのあれこれについても、至ってまじめな考察を展開していく。ただし、『羊男』や『象工場』、『ねじまき鳥』などの意味を読み解こうとする彼の試みは、作品そのもの、あるいは村上氏自身の発言から汲み取れる範囲にとどめられているようだ。そのせいか、ルービン氏が導き出す解釈は、当の作品を読んだことのある人なら誰でも「分かる分かる」とうなずいてしまうような、妙に親近感の湧く、それでいて説得力十分な内容となっている。
 
村上は作品中に現れる象徴の「意味」を、明かそうとはしない。それどころか、象徴ということ自体をそもそも否定している。1991年のボストン・マラソンの翌日にハーヴァード大学ハワード・ヒベット教授(日本文学)の授業で「パン屋再襲撃」をめぐるディスカッションに参加した際も同様だった。海底火山*は何の象徴だと思うかとの問いが学生たちに向けられると、村上は発言を求めて、火山は象徴ではない、火山はただの火山だ、と主張したのである。
 授業に出ていた研究者の一人は、学生たちに「あの人の話は聞くんじゃない! 何を言っているかわかってないんだから!」と声を高めた。活発な議論が展開した。村上の返答は、実に彼らしい率直なものだった。「あなたはお腹が空くと火山が思い浮かびませんか? 僕は浮かぶんです」この短編を書いたとき、空腹だった。だから火山が出てきた。すこぶる単純明快だ。
 空腹時に村上の心にどんなイメージが浮かぶかは別にして、「パン屋再襲撃」の文脈において海底火山が、過去に未解決のまま残されてきた問題を象徴していることは明白だ。無意識の中に留まり、いつ爆発して現在の静かな世界を破壊するかもしれない物の象徴だ。だが村上からすれば、それを象徴と名づけこのように定義してしまっては、そのパワーの大半が失われてしまう。ほかの作家たちと同じく、村上も、火山はただの火山としてなんの説明もせず、読者一人ひとりが心のなかでイメージをつくりあげるのを妨げはしないのである。

*作品中で、夜中にひどい空腹に襲われる「僕」の脳裏に浮かんだイメージ

他にも、あの簡潔な文体を完成させるために、村上氏が独自に積んでいたというトレーニングの内容や、いわゆる「春樹語」(「僕」が折々に口にする「やれやれ」など)が、翻訳書ではどのように表現されているか、など、裏話的なエピソードが随所で紹介されている。現役の村上ファンはもちろん、オールドファンにとっても、かなりうれしい一冊じゃないかと思う。
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2006年12月26日

元気をだして死んでください!〜大江健三郎『二百年の子供』より

二百年の子供二百年の子供
大江 健三郎

中央公論新社 2003-11-26
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『さようなら、私の本よ!』以降、もう小説は書かないと言っていたはずの大江さんが、再び新作の準備を始めているそうだ。近いうちに私家版で、初の詩集(『形見の歌』)も出版されるという。今度こそ、引退話は本当だろうと思っていただけに、これは意外な朗報だった。今から新作が待ちきれない思いで、久しぶりに大江作品を手に取ってみた。先月文庫版が出た『二百年の子供』だ。

知的障害のある真木は、普通の人のように「夢」を見ることができない。ところが、その真木が、昨年亡くなったはずのおばあちゃんに会った、と夢のようなことを言い出す…というシーンからこの物語は始まる。
おばあちゃんが長年暮らした谷間の村には、ある言い伝えがあった。「千年スダジイ」の根元のうろに入って眠ると、心から会いたいと思っている人や、見たいものの所へ行くことができるのだという。どうやら真木は、その言い伝えを実行して、亡くなる前のおばあちゃんに会いに行ったらしい。
「夢を見ない兄が言うことだから、本当の話かもしれない」と、弟・妹の朔とあかりは思う。二人は、真木と一緒に「夢見る人のタイムマシン」に乗り込むために、「千年スダジイ」のうろで一晩を過ごす計画を立てるのだった。…

大江さんは、同じテーマを繰り返し何度も語り直す、というタイプの作家だ。だから、この人の作品を読んでいると、「ああ、またこのエピソードに出会った」と、デジャヴのような感覚を味わうことがよくある。
中でもよく「再話」されるのが、先天性の脳障害を持つ長男・光さんをモデルにしたエピソードと、出身地である四国の村を舞台にした伝承だ。「あれ、どこかで読んだことのある話だな」と思いながらも、そのたびに少しずつ移り変わっていく設定につられて、気持ちを新たにして読まずにはいられない。そうした独特の「語りの力」が、年を追うごとに大江作品を一層味わい深いものにしていると思う。
『二百年の子供』に登場する真木も、光さんをモデルにしたキャラクターの一人だ。これまで何度も取り上げられてきた、代表的なエピソードの数々が、大江さん初の「ファンタジー」として、新たに語り直されていくのがおもしろい。たとえば真木には、時間をさかのぼってまで、生前のおばあちゃんに伝えたいと思う言葉があった。

 真木は積極的な気持ちになるといつもそうだが、足に故障があるのに、「三人組」の先に立って大股にしっかり歩いた。後に続きながら、
 ――真木さんが、おばあちゃんにいおうとしてる言葉は、わかると思う、とあかりはいった。
 ――ぼくもわかったよ、と朔はいった。
 去年の秋の真木との滞在でどういうことがあったかを、旅行から帰ってすぐ、父は母にくわしく報告していた。「森の家」で暮らす一週間がたって、タクシーで松山の空港に出発する朝、真木はおばあちゃんに、心をこめてこうあいさつしたそうだ。
 ――元気をだして死んでください!
 母は、おばあちゃんが、口癖のように、死ぬまで元気をだしていたい、といわれるものだから、それが頭にあったんでしょう、といった。
 しかし、その愉快そうな言い方に、朔が反撥した。
 ――ぼくはあいさつとして正しくないと思う。
 それでもおばあちゃんは、これは私の好きな言葉だ、といわれていたそうだ。
 冬のはじめ、入院することになっての「三人組」へのお別れの電話でも、真木にあれをもう一度いってもらいたい、といわれたが、真木は黙っていた。それは朔の強い反撥を覚えていたからのはず。
 ――いま、サクちゃんは、真木さんが「夢を見る人」のタイムマシンでおばあちゃんに会えて、あの言葉をいってあげられればいい、と思うのね?
 ――真木さんの言葉は、いいあいさつなんだよ。あれは良くない、といった時、ぼくは若かったんだ。(一部中略)

三人は、計画通りに「千年スダジイ」の言い伝えを実行した。知的障害のために、夢を見ることはできないと思われていた真木だけれど、意外なことに、ウロの中で見た夢のことを、翌朝一番はっきりと覚えていたのは真木だった。

 あかりは、こう思った。
 真木に夢ということがわからないと聞いてから、いつもそれが気になってきた。考えたことは、もう整理されている。
 1、真木さんも夢は見ると思う。
 2、しかし、実際の生活での出来事と、夢のなかでのことが区別できない。
 3、そこで、「夢を見た?」とたずねられると困るのだろう。
 あかりはいま、シイの木のうろで眠っていた昨夜の間に、こことは違う場所、違っている時間のなかで経験したことを思いだしているのだった。真木、朔も一緒だった。アサ叔母さんまで、自分の話を認めてくれた。
 「夢を見る人」のタイムマシンに乗って行ってのことなのだから、確かに夢なのだろう。「三人組」でおなじ夢を見た。そして、このひとつの夢についてなら、あかりと朔が、真木さんもちゃんと夢を見たと、証言してあげることができる。
 ――サクちゃん、私はね、現実の世界で生きるのと夢の世界で生きるのと、その大切さが99対1くらいかも知れないと思う。そうだとしても、真木さんの心が、百分の一だけ広がったんだわ。(一部中略)

この間、大江さんのファンサイトで、『二百年の子供』がおもしろかった、うまく説明できないけれど、この作品は好きだ、と中学生くらいの子が掲示板に書き込んでいるのを見かけて、うれしかった。こうしてまた次の世代に、大江作品が読み継がれていくのなら、この一冊には大きな意味があるのかも…と、何だかババくさい感慨にふけってしまった今日この頃。

二百年の子供二百年の子供
大江 健三郎

中央公論新社 2006-11
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2007年02月26日

『言葉のなかに風景が立ち上がる』

言葉のなかに風景が立ち上がる言葉のなかに風景が立ち上がる
川本 三郎

新潮社 2006-12-27
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「境界線上にある風景」が好きだと、川本三郎さんは言う。普段の生活から少し遠ざかった、けれども全くの別世界というわけでもない、「こちらと向う」の中間にある、グレーゾーンの風景が。

 北海道の富良野に移り住み、廃校になった小学校で暮らしている孤高の画家、奥田修一さんに、「どんな風景に惹かれるか」と聞いたところ、「畑と森がぶつかりあうようなところ、人間の手が加わったところと、手があまり加わっていないところが接した中間の風景」と答えられた。
 ああ、まさにそれだ、自分が好きな風景もと思った。絶海の孤島や人を寄せつけない秘境の山ではない。大草原のなかに地平線に向かって一本道がどこまでも伸びている。麦畑の向こうに鉄道の線路が走って、そこを列車が走ってゆく。海辺にぽつんとひとつ灯台が立っている。エドワード・ホッパーやアンドリュー・ワイエスが描いた、そんな風景にこそ心惹かれる。
 現実の暮らしをしている人間、日常の営みを大事にしている人間が、ふと空を見上げる時に感じるような透き通った気持が、中景という境界線上の風景を引き寄せる。(一部中略)

Edward Hopper_lighthousehill.jpg

普段の暮らしの中から、ふとしたきっかけで現れる「中間の風景」を求めて、現代作家の小説を「散策」する…そんな試みから生まれたのがこの一冊だ。

本書のなかで、川本さんが最初に取りあげているのは『鳥たちの河口』。長崎の海辺の町、諫早町で育ち、そこを舞台にした小説を書き続けたという作家、野呂邦暢さんの作品だ。

地方都市の放送局に勤めるカメラマンだった主人公は、ある不幸な出来事から退職を余儀なくされる。放送局に行かなくなった「男」が惹きつけられたのは、町はずれにある河口と、その先に広がる海だった。
 
秋から冬にかけて河口には、シベリアあたりから渡り鳥が飛んでくる。広大な葦の原が鳥たちを外敵から守ってくれる。男は毎日のように河口に出かけては、鳥たちを観察する。日常生活から離れた男のところに、静かな風景がゆっくりと近づいてくる。男と風景との交感が始まる。
 ある日、男は、焚火をするために浜辺で流木を集めている時に、見なれない黒い鳥が波打際に横たわっているのを見つける。銃弾で撃たれている。男は、鳥を家に連れ帰り、傷の手当てをしてやる。図鑑で調べ、中央アジアの広い内海に棲むカスピアン・ターンという名の珍しい鳥だと知る。冬季には、インドやタイへ渡る。その鳥がコースを外れて日本の町の干潟にやってきた。
 地球環境の変化で方向感覚がおかしくなったらしい。男は、群れから離れ傷ついた鳥に自分の姿を重ねたように必死に介抱してやる。二十日ほどたって、鳥はなんとか体力を回復する。妻と共に男は、鳥を空へ返してやる。男もまたこれから新しい職を見つけなければならないだろう。

この河口は、野呂さんがよく散策に出かけた諫早町の河口がモデルになっているのだそうだ。カスピアン・ターンを救った主人公は、河口に広がる干潟が、埋め立て計画によっていずれは消えてしまうことを知っていた。それは、野呂さんが愛してやまなかった有明海の干潟が、2000年に消失してしまった事実と重なっている。

消えゆく風景だからこそ、男は、挽歌を歌うように、そのなかに身を溶け込ませていった。そして野呂邦暢は、自分だけの地図を作ったように、小説のなかに、河口の風景を永遠に封じ込めたのである。

もう随分と長い間、小説らしい小説を読んでいなかった私は、この本の中で紹介されている作家の大半を知らなかった。現代作家が描く「風景」の魅力を、改めて教えてくれたこの本は、それこそ、懐かしい風景に出会った時のように、貴重なひとときを私に与えてくれた。これからの読書の指南書となりそうな、深みのある一冊。
posted by ふらら at 10:46| Comment(6) | TrackBack(0) | 書評 ことば・詩・物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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