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「境界線上にある風景」が好きだと、川本三郎さんは言う。普段の生活から少し遠ざかった、けれども全くの別世界というわけでもない、「こちらと向う」の中間にある、グレーゾーンの風景が。
北海道の富良野に移り住み、廃校になった小学校で暮らしている孤高の画家、奥田修一さんに、「どんな風景に惹かれるか」と聞いたところ、「畑と森がぶつかりあうようなところ、人間の手が加わったところと、手があまり加わっていないところが接した中間の風景」と答えられた。
ああ、まさにそれだ、自分が好きな風景もと思った。絶海の孤島や人を寄せつけない秘境の山ではない。大草原のなかに地平線に向かって一本道がどこまでも伸びている。麦畑の向こうに鉄道の線路が走って、そこを列車が走ってゆく。海辺にぽつんとひとつ灯台が立っている。エドワード・ホッパーやアンドリュー・ワイエスが描いた、そんな風景にこそ心惹かれる。
現実の暮らしをしている人間、日常の営みを大事にしている人間が、ふと空を見上げる時に感じるような透き通った気持が、中景という境界線上の風景を引き寄せる。(一部中略)

普段の暮らしの中から、ふとしたきっかけで現れる「中間の風景」を求めて、現代作家の小説を「散策」する…そんな試みから生まれたのがこの一冊だ。
本書のなかで、川本さんが最初に取りあげているのは『鳥たちの河口』。長崎の海辺の町、諫早町で育ち、そこを舞台にした小説を書き続けたという作家、野呂邦暢さんの作品だ。
地方都市の放送局に勤めるカメラマンだった主人公は、ある不幸な出来事から退職を余儀なくされる。放送局に行かなくなった「男」が惹きつけられたのは、町はずれにある河口と、その先に広がる海だった。
秋から冬にかけて河口には、シベリアあたりから渡り鳥が飛んでくる。広大な葦の原が鳥たちを外敵から守ってくれる。男は毎日のように河口に出かけては、鳥たちを観察する。日常生活から離れた男のところに、静かな風景がゆっくりと近づいてくる。男と風景との交感が始まる。
ある日、男は、焚火をするために浜辺で流木を集めている時に、見なれない黒い鳥が波打際に横たわっているのを見つける。銃弾で撃たれている。男は、鳥を家に連れ帰り、傷の手当てをしてやる。図鑑で調べ、中央アジアの広い内海に棲むカスピアン・ターンという名の珍しい鳥だと知る。冬季には、インドやタイへ渡る。その鳥がコースを外れて日本の町の干潟にやってきた。
地球環境の変化で方向感覚がおかしくなったらしい。男は、群れから離れ傷ついた鳥に自分の姿を重ねたように必死に介抱してやる。二十日ほどたって、鳥はなんとか体力を回復する。妻と共に男は、鳥を空へ返してやる。男もまたこれから新しい職を見つけなければならないだろう。
この河口は、野呂さんがよく散策に出かけた諫早町の河口がモデルになっているのだそうだ。カスピアン・ターンを救った主人公は、河口に広がる干潟が、埋め立て計画によっていずれは消えてしまうことを知っていた。それは、野呂さんが愛してやまなかった有明海の干潟が、2000年に消失してしまった事実と重なっている。
消えゆく風景だからこそ、男は、挽歌を歌うように、そのなかに身を溶け込ませていった。そして野呂邦暢は、自分だけの地図を作ったように、小説のなかに、河口の風景を永遠に封じ込めたのである。
もう随分と長い間、小説らしい小説を読んでいなかった私は、この本の中で紹介されている作家の大半を知らなかった。現代作家が描く「風景」の魅力を、改めて教えてくれたこの本は、それこそ、懐かしい風景に出会った時のように、貴重なひとときを私に与えてくれた。これからの読書の指南書となりそうな、深みのある一冊。




中間の風景!
今日の仕事の帰りに、屋上にある駐車場からながめた風景。
手前には、焼却工場の煙突からの煙がたなびいています。
遠くにいつもは見える、由布岳も雲で見えません。
曇り空からもれる、天使のはしご。
ぼ〜っと見とれていました。
あ、いけない、ぼんやりしている場合じゃない。はやく帰って、夕飯の用意しなくちゃ!!!(笑)
ふららさん、いい本に出合えてよかったですね。
先日はコメントありがとうございました。
こちらの記事を読ませていただいて、「そういえば、最近ストーリーを追うことに夢中で、風景描写に気を留めることってなかったなあ」と気づきました。
ちょっともったいないことしちゃったかも……
風景を求めて小説を「散策」するって、素敵ですね。
恥ずかしながら地理には(にも?)疎いので、
由布岳について、調べてみました。
ああ、tamiさんは、あの湯布院の近くにお住まいなのですね!
会社の屋上から、新百名山の一つが見渡せるなんて
いいですね。
時に曇り空なら、そこには「天使のはしご」…
川本さんが書いていたように、やっぱり風景は、
それを見る人のまなざしが作り出すものなのだなあ、と
思います。
ご訪問ありがとうございました。
私も、小説というのは、ストーリーや
人物描写を楽しむものだとばかり思っていました。
まるで映画のロケをするみたいに、
まずは舞台となる風景を探し出して、そこから話をつむいでいく、
というタイプの作家もいらっしゃるのですね。
小説って、やっぱりおもしろいですね。
どうしてずっと読んでいなかったのか、と
後悔しきりの今日この頃です。
野呂邦暢は、土地が文学を生む、と言うようなことを言っていたと思います。
それでは、
コメントをありがとうございました。
>野呂邦暢は、土地が文学を生む、と
>言うようなことを言っていたと思います。
そうなのですか。
まだ野呂さんの作品を読む前ではありますが、
何だか分かるような気がします。
そういえば、大江健三郎さんも、
「場所には力がある」という言い方をされていたような
覚えがあります。
ふと見かけた風景を「きれいだなあ」と思うとき、
その土地にある力のようなものを、
どこかで感じているのかもしれないですね。