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「風刺辞典」というジャンルがある。
パイオニアは、アンブローズ・ビアスというアメリカの作家だ。痛烈なブラック・ユーモアを満載した彼の『悪魔の辞典』は、発表後100年が過ぎた今でも、世界各国の新聞記事でちょくちょく引用されているらしい。例を挙げると、
退屈な人:聴いてほしいと思うときに喋る人。
Bore: A person who talks when you wish him to listen.
月曜日:キリスト教国においては、野球の試合の翌日。
Monday: In Christian countries, the day after the baseball game.
いちど:充分。
Once: Enough.
といった具合(ウィキクォートから引用)。最近では、さらに毒気を増した筒井康隆訳も出ていたりする。
ビアス以来、多くの作家・ジャーナリストがこのジャンルに挑んできた。日本で言えば、別役実の『当世悪魔の辞典』や『噴飯・悪魔の辞典』(安野光雅・なだいなだ・日高敏隆・横田順弥との共著)などがそれに当たる。不勉強のため、この後がもう続かないのだけれど、こうした「風刺辞典」のどれもに共通しているはずのことが一つある。それは、皮肉の的となっているのが他でもない、この「現実の社会」だということだ。
けれども、もしも同じことを「ファンタジーの世界」で試したらどうなるだろう? そんな突拍子もないアイデアを見事に成功させているのが、この『ファンタジーランド観光ガイド』だ。
本書の著者、ダイアナ・ウィン・ジョーンズはイギリスのファンタジー作家。『ハウルの動く城』の原作者として日本でも一躍有名になった人だ。ファンタジーには珍しいくらいの辛口のユーモアで知られるジョーンズは、本書でもその魅力を十二分に発揮している。「王子」「剣」「黒魔術」といったファンタジー作品には欠かせないキーワードの数々が、ぴりりと辛い上質のアイロニーの餌食となっているのだ。
この作品の執筆動機について、ジョーンズ自身は公式サイト The Official Diana Wynne Jones Website 上でこう語っています。「わたしは『ファンタジー大百科事典』でクリス・ベルを手伝っていたんだけど、その作業をしていて、ときどきふたりで異口同音に叫んでしまうことがあったの。『尼僧院って、略奪されるためにあるものなのね!』とかね。あんまりばかばかしいから、剣闘士とガレー船奴隷の項目が終わるころには、こういうしろものについてガイドブックを書かなくちゃって言ったのよ。だって、どれもこれもみんな同じなんですからね」
たしかにファンタジー、とくに異世界ファンタジーには、一種のパターンがあるのは否定できません。ためしに「必携用語集」で「闇の王」や「善」の項目を引いてみてください。ぷっと吹き出して、なるほど、と思うはずです。とっさに頭に浮かぶ作品がいくつもあるにちがいありません。ジョーンズは、こういったワンパターンさをおもしろおかしく強調し、ちまたに氾濫する安易なファンタジーをちくりとやってみせるのです。(訳者あとがきより)
ちなみに本文をのぞいてみると、「善」の項目はこうなっている。
善 ぜん Good
あなたの側についている、すべての人とすべてのもの。これにはもちろん、あなたの仲間(いらいらさせられる奇癖を持ってはいても)、竜、ドワーフ、エルフがおり、そして、一度真剣に話し合ったあとには、ノームも加わる。神々の半分も含まれる。そのほかのものは敵であり、悪である。もしどちらでもないもの――馬とか、どちらの側にもつかない神とか――がいたなら、無視してしまってかまわない。
「色彩の法則」についての説明もなかなかふるっている。
色彩の法則 しきさいのほうそく Color Coding
これは、ファンタジーランドにおいてとりわけ重要である。つねに衣服、頭髪、瞳の色に注意を払うこと。その色から、じつにさまざまな情報を読み取ることができる。顔色も同様に重要である。こちらも法則化されていることが多い。
1 衣服。黒衣は通常悪を表すが、まれに謹厳さを表すこともある。その場合、衣装には白いひだ飾りのついた襟が加えられる。灰色や赤の衣服を着た人物は中立の立場にあるが、たいていの場合悪にかたむきかけていることを示す。ほかの色彩はすべて善であるが、派手な色をいくつも使っている場合は例外である。…(以下略)
けれども、こうした皮肉のオンパレードの向こうに見え隠れするのは、ファンタジー作品に対するジョーンズの限りない愛情だ。
『ファンタジーランド観光ガイド』は、英米のファンタジー界でたちまち話題となり、世界幻想文学大賞の特別賞を受賞した。勢いに乗ったジョーンズは、本書の構想をさらにふくらませ、それを土台に新たな物語を書き上げてしまった(『ダークホルムの闇の君』)というからびっくりする。風刺から生まれたファンタジーがいったいどんなものなのか、ぜひ続けて読んでみたくなってきた。
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