2006年10月09日

天の橋、地の橋〜『いまは昔 むかしは今(第2巻)』より

もう半年ばかり前になるけれど、京都国立博物館の「大絵巻展」を見に行ってきた。
「源氏物語絵巻」や「鳥獣人物戯画」など、図版でしか見たことのない有名どころが目白押し。なかなか楽しめる展示だった。
それ以来、ちょっと気になっている本がある。

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天の橋 地の橋     いまは昔むかしは今 (第2巻)天の橋 地の橋 いまは昔むかしは今 (第2巻)
網野 善彦 佐竹 昭広 大西 広

福音館書店 1991-01
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この『いまは昔むかしは今』(全5巻)は、中世の説話世界の魅力を子供たちに伝えようと、15年の歳月をかけて制作されたという傑作シリーズ。第2巻では、日本神話の国産みのシーンに出てくる天の浮橋や、役の行者が鬼神に命じて作らせた橋など、名立たる「橋」の伝説とその謎が、資料と図版を通して読み解かれている。

「大絵巻展」でもそうした趣向が凝らされていたけれど、中世の絵物語の「絵解き」には、本当に底知れない奥行きがあるような気がして興味深い。例えば、本書の「橋にひそむもの、川にひそむもの」の章では、『橋姫物語』という謎の絵巻物と、そのあらすじが紹介されている。

『むかし、二人の妻を持つある中将が、水神にさらわれて行方不明になった。やがて、夫を探しに出た妻の一人(宇治の橋姫)が、水神に仕える老婆に案内され、煮える鍋の前でしばらく待たされる。「決して鍋の中をのぞいてはいけません」という老婆の言いつけを守った橋姫は、ようやく中将との再会を許された。橋姫は、もう一人の妻にも老婆の居場所を教えたが、こちらの妻は老婆の言いつけを破り、鍋の中を見てしまったために、とうとう夫に会うことができなかった…』

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『橋姫物語絵詞』絵3(一部)

「なぜこの女の人、宇治の橋姫っていうんだろう」
「橋なんかぜんぜん出てこないのにね。それにこの絵おかしいよ。橋姫はお鍋を開けなかったから、中将と会うことができたのに、中をのぞいている絵が描かれているもの」
「絵のはりまちがいなんじゃないの」
「ちがうよ」
「着ている服からみると、ラストシーンに出てくる女の人の服は、橋姫と同じなんだよね。でもこの人は『もう一人の妻』のはずだし…」
「じゃあ、画家は物語を無視して勝手にかいたってこと?」
「それとも、画家の頭の中にはちょっとちがった物語があったのかもしれない」
「そんなことってあるの?」
「さあね。みんなで考えてみようじゃないか。実はこのお話は平安時代の大むかしから、もうよくわからなくなってしまっていて、いろいろな人がいろいろなことをいっているんだ」
(一部中略)

子どもたちと先生との会話というスタイルで、「絵解き」は淡々と進められていく。後のさまざまな文献から、橋姫についての記述が豊富に引用されていくものの、「宇治の橋姫とは宇治の橋の下にいる神様である」という説があれば、「宇治の橋姫は、あの嫉妬から鬼となった鬼女橋姫である」という説もあって、何だかミステリーのような展開になっていくからおもしろい。

「なんだか、このお話の後ろに、すごいお話がかくれているみたい」
「一つだけじゃなくて、いくつものべつの話がかくれているのかもしれない」
「どんなお話だったんだろう」
「まるで雲をつかむみたいだけど、龍王や水の神さまのまつわる話であることにはまちがいないね」
「この女の人、橋だったんじゃないのかな」
「ええっ」
「橋が人間になって歩き出した…」
「橋の霊というわけか。橋の霊と水の神さまのお話…」
(一部中略)

この他にも、『御伽草子』の橋の挿絵に隠された一寸法師の出生の秘密や、なぜか未完成に終わっている雪舟の『天の橋立図』の構図の謎など、意外なアプローチの絵解きが続出して、子供も大人も十二分に楽しませてくれる。中世の名作の世界へと、読者をいざなってやまない傑作だ。

ところで、この本の冒頭には、次のように問いかけた一文がある。

これはいまから八百年以上前に描かれた絵の一部だ。
どこかすこし奇妙なところがある絵だなと感じはしないだろうか。
実は、この絵の中には何かがかくれている。
さていったい何がかくれているのだろう?

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その答えは、こんな風に説明されている。

 これは葦手絵とよばれる、平安時代に流行した謎の絵だ。葦は、人びとにとって、ほかのどんな植物ともちがう、特別の意味をもっていた。その葦の中に、文字をかくして、秘密のメッセージを伝えようとしたのが、葦手絵だ。

例えば、この絵をよく見ると、中央部分に「加」という字が隠されているのだそうだ。
この絵は元々、平清盛が奉納したとされる『平家納経』(厳島神社蔵・国宝)の、見返しにある挿絵の一部なのだという。その挿絵の全体に、いったいどれだけの数の文字が隠されていて、どんな意味を表しているのかは、諸説が入り乱れていて今でもよく分からないというから、平安時代の謎掛けは奥が深い。

(この記事は、別ブログ『掘れたて本』の記事を一部改変・転載したものです)
タグ:網野 善彦
posted by ふらら at 10:52| Comment(0) | TrackBack(1) | 書評 子ども・絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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