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近いうちに、紙の本はなくなって、あらゆる情報は端末の上で読まれるようになる…そんな話を初めて聞いたのは、いつのことだったろう。
確かあれは、今から10年ばかり前、私が工芸村に通っていた頃のことだった。長電話の最中に、友人のHさんが、ふとこんなことを言ったのだ。
「伝統工芸を習いに行った人に言うのはなんやけど…和紙どころか、紙そのものがなくなるのも、もう時間の問題やと思うよ」
「えー、なんで?」
あんまり唐突な言葉だったので、私は思わず言い返した。
「本はなくならへんよ。普通の読書と、ワープロの画面を読むのとは全然違うやん」
「でも、今の日本のパルプって、熱帯雨林を乱開発して作られてるやろ」
と、Hさんは言った。
「東南アジアのひどい状態考えたら、今のままの紙の消費量が維持できるはずない。今よりもっと便利な端末ができたら、たぶん本はなくなっていくと思う」
それは、かなりの衝撃だった。今から10年前といえば、まだ読書端末どころか、携帯やインターネットすら普及していなかった頃だ。紙の匂いとか、ページをめくるときの手触りとか、そういった「読書らしさ」が全て失われる時代がくるなんて、当時の私には信じられないことだった。
あれから10年がたった今、Hさんが言っていた「もっと便利な端末」が、世の中にはずいぶん出回るようになった。携帯で読める本も増えているし、専用の読書端末もずいぶん性能が上がっているらしい。著作権の切れた本なら、PDFファイルで全ページ丸ごとダウンロードできたりする。
それでも、今のところ、まだ紙の本がなくなる様子はない。どうしてだろう。本好きとしては、この成り行きを素直に喜んでもいいところかもしれないけれど、一方では腑に落ちない思いもあって、何だかややこしい心境だ。
本当に、紙の本は今後もなくならないんだろうか。ネットに行けば、あらゆる情報が無料で手に入るのに、どうして私たちは、わざわざ本を買って読むんだろう。
そうした疑問に、一つの答えをくれたのが「ウェブ人間論」だった。
平野 最近、一方で、本の運命について考えるんです。ある程度の期間はネット上で読むものと紙媒体が並存するけれど、最終的には紙が消える、いや、紙はやっぱり残るんだという議論がずっとあります。(中略)例えばですけど、紙で読むことにあえてこだわるなら、簡易製本機のようなものが普及するとか、プリンターがダウンロードした小説を、本らしく綴じられるように両面印刷してくれるといった機能を備えるようになるとかすれば、出版社から直にデータだけ買って必要な箇所だけ自分で製本して読むという時代もくるのではないかと思うんです。それが、アマゾンで本を買って郵送でモノが届くのを待つという時代の次なのではないでしょうか。
作家として当然のことかもしれないけど、平野さんは、この問題に相当なこだわりを持っているようだ。「本に囲まれて育った世代」の一人であり、紙の本への愛着が深いだけに、大胆な予想があえて前面に出てしまう、といった感じだ。けれども、そんな平野さんの問いかけに、梅田さんはあっさり答えている。
梅田 実は、僕はあまりそう思ってないんです。本が「永遠に不滅」かどうかは難しいけれど、相当長く生き残るメディアだと思います。検索性が大事な、ITの力を借りて読みたい研究書や百科辞典や全集はすぐに紙ではなくデータで読むという方向に向かうでしょう。でもそれ以外の、「最初の一行目から最後の一行まで順に読んでもらいたい」というタイプの本は、今と変わらず残るんじゃないでしょうか。
でも、例えばレコードがCDに取って代わったように、読書端末がもっと普及すれば、誰も紙の本なんて買わなくなるんじゃないか、と平野さんは言う。すると、梅田さんはこう答える。CDの時とは違って、出版関係者の誰も、紙が消えてしまうことは望んでいない、と。
梅田 それと、音楽に比べて、本には明らかに紙の優位というのがあって、ただのコンテンツではない。本という形にパッケージした時に、紙という材質ゆえの付加価値が生じます。一行目から最後までを順に読んでいきやすいとか、一覧しやすいとか、保存しやすいとか、書き込みがしやすいとか。
梅田さんのこうした考えを支えているのは、一つには「ウェブ進化論」を出したときの個人的な体験なのだという。梅田さんは有名なブロガーでもあるけれど、「ウェブ進化論」を出版することで、ネット上とはまた違った幅広い読者層を得ることができ、「ああ、本というのはすごいメディアなんだな」と、改めて実感したのだそうだ。
梅田さんのオプティミズムな考え方には、読んでいてほっとするものがあった。パッケージでもあり、コンテンツでもある本の有用性や、コストパフォーマンスの高さ…という理由付けには、「ああ、そういうことだったのか」と、目からウロコが落ちる思いがした。紙の本は、まだ当分のあいだ姿を消すことはないのかもしれない。
個人的には、本に代わるメディアとして、ダウンロードしたデータファイルはあまりに味気ないと思う。もちろん、「本」に何を求めるかは、人によっても、場合によってもずいぶん違ってくるんだろう。即時性が大切な情報ソースなのか、それとも、長く手元に置いておきたい愛着の対象なのか…それぞれが必要としている「本」のあり方を、選んで手に入れるのが当たり前になったとき、紙の本は一つのオプションにすぎなくなるのかもしれない。








