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あのミヒャエル・エンデの『はてしない物語』を元に、ドイツを始めとする各国の作家が連作シリーズを書くという魅力的なプロジェクトが進行中らしい。その日本語版第一作にあたるのが、この『ファンタージエン 秘密の図書館』。すでに第三作までが発刊されているという話を聞いて、おくればせながら読み始めてみた。
すでに古典となっているエンデの『はてしない物語』は、周知のとおり、「虚無」に蝕まれて滅びようとしている「ファンタージエン」の存在を知ったバスチアン少年が、その救出に向かうというストーリーだ。彼は、ファンタージエンで出会った住人たちのために、さまざまな物語を作って授けていく。けれども、ファンタージエンで暮らす住人の数は膨大で、バスチアン一人の力では物語を最後まで語りつくすことはできない。かくして、彼らの物語はすべて、次のようなお決まりのワンフレーズでしめくくられることになった。
『けれどもこれは別の物語、いつかまた、別のときにはなすことにしよう。』
1995年、66歳の若さでエンデは死去し、『はてしない物語』の行く末は、永遠に読者の想像力にゆだねられることになった。けれども今回、『はてしない物語』の編集者だったロマン・ホッケ氏が、ファンタージエンに残された未完の物語を引き継ごうと、このシリーズを立ち上げたのだ。ホッケ氏の呼びかけに応えて、『ファンタージエン 秘密の図書館』を書いたのは、『ネシャン・サーガ』などで知られるラルフ・イーザウ。かつてその才能をエンデに見出され、ファンタジー作家の道を歩み始めたという人だ。
イーザウが、新しいファンタージエン物語の主人公として選んだのは、カール・コンラート・コレアンダー氏だった。『はてしない物語』の冒頭で、バスチアン少年が「あかがね色の絹の本」を見つけ、つい万引きしてしまったあの古本屋の主人だ。
エンデは、冒険を終えて現実世界に戻ったバスチアンが、本を盗んだことをわびようと、再びコレアンダー氏の古本屋を訪れるというシーンも描いていた。もっとも当のコレアンダー氏は、バスチアンの説明に熱心に耳を傾けた後、「その本はおれのものではない」と言う。
「おれの考えがまちがっていなければ、その本は、それ自体、ファンタージエンからきたんだよ。今、この瞬間、だれかほかの人がその本を手にして、読んでいるかもしれないな。」
「それじゃ、おじさんはぼくの話を信じてくれるんですか?」バスチアンはたずねた。
「もちろんだ。」コレアンダー氏は答えた。「もののわかった人間なら、だれだって信じるだろう。」
「コレアンダーさん――もしかして、おじさんも、ファンタージエンにいったことがあるんじゃないんですか?」
「もちろんいってきたよ。」コレアンダー氏は言った。
「だったら、あの本も知っているはずじゃないですか!」バスチアンは叫んだ。「それなら、やっぱり、はてしない物語を読んだんでしょう!」
コレアンダー氏は首をふった。
「ほんとうの物語は、みんなそれぞれはてしない物語なんだ。」(一部中略)
コレアンダー氏は、あのファンタージエンでいったいどんな冒険をしてきたのだろう? そんな疑問を解き明かすかのように、彼が若かりし時代にさかのぼって描かれているのが『ファンタージエン 秘密の図書館』だ。言ってみれば、『ネバー・エンディング・ストーリー』のエピソード1のような感じの作品。
物語の時代背景をぼかして書くのが常だったエンデとは対照的に、イーザウは『ファンタージエン 秘密の図書館』の舞台を、「1938年11月のドイツ」とかなり具体的に設定している。ヒトラーの独裁下にあった当時のドイツでは、体制にそぐわない本は「退廃文学」のレッテルを貼られ、ナチの手によって次々と焚書処分にされていたという。それだけに、ファンタージエンを蝕む「虚無」の意味合いも、本作では一段とリアルに感じられる。日本版の訳者、酒寄進一さんは、あとがきでこんなことを書いていた。
このシリーズの勘所は「虚無」との戦いだ。二十五年ほど前、「虚無」にむしばまれた「ファンタージエン」を再生させるため少年バスチアンは内なる世界に旅立った。彼はそこから辛くも生還し、大事なものをこの世界に持ちかえった。しかし四半世紀がたった今、ぼくらは心の中にふたたび「虚無」を抱えるようになっていないだろうか。「虚無」の実体は人によってさまざまだろう。もしかしたら二十五年前よりもことは複雑になっているかもしれない。子ども時代に少年バスチアンとファンタージエンで遊んだ若い作家たちが、「ファンタージエン」の呼び声に応えて、二十一世紀の新たな「虚無」に立ち向かうため敢然と立ち上がったと、そういうイメージでこの「ファンタージエン」シリーズを受け止めてほしい。
とはいえ、二十五年という歳月は、いつの間にか人から大切なものを永遠に奪い去っていくようだ。図書館の精アルファ・ベータ・ガンマという楽しい案内役を得たコレアンダー青年が、いよいよファンタージエンへの不思議な旅に出かける…という辺りから、いかにも正統派のファンタジー作家らしいイーザウの軽妙な筆の運びに、少々ついていくのが辛くなり始めてしまった。エンデが大好きだったあの頃の、瑞々しい感性はどこへやら。
伝書グリフォンにまたがって、空へと飛び立ったコレアンダー青年の行方は気になるけれど、ここはひとまず『秘密の図書館』の扉を閉じて、ファンタジーランドの世界観を一からおさらいできるような入門書に立ち戻ってみるべきかもしれない。
(つづく)












