自然でありのままの暮らしって、いったいどんなものなんだろうなあ、と時々思う。
もう何年も前のことになるけれど、ある海辺の村の廃校跡に作られた、不思議な民宿に遊びに行ったことがある。
民宿のご主人のKさんは、元は東京の出版社に勤めていたそうだ。けれど、アウトドア好きが高じて会社を辞め、家族を連れて村に引っ越してきたのだと話してくれた。
「この民宿に来た人は、何をしてもいい。自由にすること」
そんなKさんの言葉にうながされて、私たちはのんびりと自然の中での休暇を楽しんだ。Kさん一家と浜辺を散歩したり、シュノーケルで浅瀬にもぐってみたり、夕ご飯のおかずを釣りに行ったりしているうちに、相当楽しい時間が過ぎていったのを覚えている。
そんなとき、Kさんが、私たちにふとこんな質問をした。
「どう、こんなところで暮らしてみたいと思う?」
「そうですね」
私はとっさにうなずいた。休暇気分にすっかりひたっていたせいかもしれない。
「こんな自然いっぱいのところに住めたら幸せでしょうねえ」
「でも、あんまり若いうちから自然の中にいてもだめだろうね」
「は?」
「それだと、何にも分からないうちに幸せになっちゃうからね。若いうちはまだ街中にいて、いろいろがんばっておいた方がいいと思うよ」
意外な話の展開だった。Kさんが何を言いたいのか理解できなくて、私たちは顔を見合わせた。
****
自然に、ありのままに生きるのって、意外に難しいものだ。
人間はもともと自然の一部なんだから、ありのままに、自然に生きよう…と言ったら響きはいい。けれど、人間にはもともと「自然に反することをする性質」、つまりは「アゲインスト・ネイチャー(反自然)」の性質があるのだと、ユングの言葉を借りて説明している人がいる。心理学者の河合隼雄さんだ。
(その2につづく)
タグ:河合 隼雄












